リゾートバイト(19)

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鳥居の家に入ってしばらく待っていると、別の坊さんがやって来て、ここで一晩過ごすように、と言われた。

しかも、その坊さんは俺たちの部屋に残った。俺たちは微妙な雰囲気のまま、4人で朝を迎えることになった。

翌朝、坊さんは早起きだったため、俺たちも早めに身を起こした。いつもと違う環境だったこともあり、嫌でも早起きになる。

顔を洗った俺たちの前に昨日の坊さんが現れた。坊さんと向かい合う形で俺たちは正座して並ぶ。

「憑き祓いは完全に終わりました」

坊さんは言った。俺たちに憑いてきた〈モノ〉は一匹だけで、退化を遂げて消滅したのを確認したそうだ。

俺はそれを聞いて安堵した。ようやく、開放された気分になった。

しかし、坊さんは神妙な面持ちで言葉をつないだ。

「女将さんを、救うことができませんでした」

俺の心情は複雑だった。安心から一気に虚脱に変わったようだった。坊さんも同じ心境なのか、悲壮の中に怒りを秘めているような顔をしている。

「死んだんですか」と口から言葉が漏れた。その直後、「亡くなったんですか」と言い換えればよかったと思った。

「いえ」

俺はとっさに、女将さんが跳ねるように痙攣する姿を想像した。妄想ではない。昨日確かに見た光景だ。

坊さんは、それ以上余計なことを言わなかった。ただ、少し分かりにくい言葉で現状を説明してくれた。

曰く女将さんの今の状態は、憑きものを祓うとかそういう次元の話ではなく、何かもっと別のものへ移行しているのだそうだ。

詳しくは話してくれなかった。おそらく話されても理解が及ばなかっただろう。なんでも、女将さんが行った儀式は、この地に伝わる「子を呼び戻す儀」とは似て非なるものだったらしい。

その儀の存在と方法を、どこかで知った女将さんは、息子を失った悲しみからこれを実行しようと試みたのだ。だが肝心の〝臍の緒〟は息子の元ではなく、自分の手元にあったわけだ。

ここから先は坊さんの憶測である。

女将さんは、その儀を試行錯誤しながら完成系に持っていき、自分の信念に従い実行したのだ。そしてそこから得た結果は、本来のものとは違っていた。

堂には複数の〈モノ〉が誕生した。そこに息子さんがいたかどうかは分からない。

この儀は非常に残酷な結末をもたらす。それを重々承知の上で、かつての母親たちは禁断の領域に足を踏み入れたのだ。

子を失う悲しみがどれ程のものなのか、我々には推し量ることしかできない。ただ、心に穴の開いた母親がそこを拠り所としてしまうのは、いつの時代にもあり得ることなのではないかと。

Bは女将さんがこれからどうなるのか、執拗に知りたがった。

坊さんは何も分からないの一点張りで、教えようとはしなかった。それが本当か嘘かは重要ではない。これまでの行いを見ていれば、坊さんは俺たちを守るために言わないのだ。

一通りの話が終わると、部屋に旦那さんが入ってきた。

俺はその姿を見てぎょっとした。

顔が土色になっていて、明らかに憔悴しきっていた。生気が失われている、そんな表情だった。

旦那さんは、俺たちの前に座ると泣きながら頭を下げた。謝罪の言葉が嗚咽で途切れ、涙声で何を言っているのか分からなくなるほどだった。

俺たちは旦那さん姿を目の当たりにして口を利けなかった。Bも口を結んだまま拳を握っていた。

今となっては旦那さんの感情が分からない。俺たちに申し訳ないことをしたと思ったのか。それとも女将さんの招いた結果を思って泣いたのか。

俺は何より気がかりなことを、最後に坊さんに質問した。

これ以降、俺たちの身にはもう何も起きないのか、ということを。

坊さんは少し困った表情を見せて、小さく頷いた。

「大丈夫です」

本当に大丈夫なのだろうか。それを信じるしか、今の俺たちには選択肢がない。

 

帰り支度を終えて、タクシーに乗った。

昨日の朝、俺を家まで運んでくれたおっさんが駅まで同乗してくれることになった。

おっさんは俺たちの気持ちなど一切気にすることなく、車内でやたら饒舌に喋った。

「それにしても、子が親を食うなんて、蜘蛛みたいな話だよなぁ」

俺は胸糞が悪くなって黙っていた。おっさんは助手席に座り前を向いていたため、俺たちの態度は伝わらない。

「お前ら、ここで聞いた儀法は試すんじゃねえぞ。自己責任だからな」

おっさんはそう言って笑った。

俺はおっさんの意図を掴みきれない。ただ単に厚かましい性格なのか、それとも俺たちの気持ちを立て直そうとしているのか。

確かなことが一つあった。

俺たちは坊さんから何も教えられなかった。真実があるとしても隠されたままだ。

問題の儀の方法は、あの土地に古くから伝わっているものだと言っていた。

おっさんが知っていて坊さんが知らないはずはないだろう、と思った。これだけの災難を受けて、大事なところは隠されたまま帰される。俺は考えれば考えるほど腹が立った。坊さんを信用していた自分が間違っているのではないか、とさえ思えた。

タクシーが駅に近づく頃、おっさんが金を払うと言い出したため、俺たちはそれとなく断った。

早くこの場から遠ざかりたいというのもあったし、この人に借りを作りたくないという気持ちもあった。

坊さんが言った「大丈夫」という言葉も、全部嘘に思えてきた。

俺たちは電車に乗り換え、ただただ無言で帰ることになる。

もう終わったことだ。全部、終わったんだ。

 

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