リゾートバイト(14)
俺たちは死んだように眠った。坊さんに声をかけられて目を覚ますまで。
「皆さん、起きられますか?」
一番寝起きの悪かったAを叩き起こして、俺たちは坊さんの前に並んで正座した。
「昨日は本当によく頑張ってくれました。無事、憑き祓いを終えることができたと思います」
坊さんは優しい口調で言った。
俺たちは、その言葉に何と返事をしていいのか分からずに、曖昧な笑顔を向けるしかなかった。聞きたいことは山ほどあるのに、何も言い出せなかった。
すると坊さんは俺たちの心中を察したのか、口を結んで頷き、立ち上がった。
「あなたたちには、全てお話しなくてはなりませんね。お見せしたい物があります」
坊さんは俺たちを連れて家の外に出ると、寺の方へと向かった。
石段を上る途中、Bは辺りを警戒するように見回していた。それにつられて、俺も昨日見たあの化け物の姿を思い出して、同じ行動を取った。
坊さんはBの様子に気づいて振り返った。
「もう大丈夫のはずです。どうですか?」
「大丈夫、だと思います。何も見えません」
その返事を聞くと坊さんはにこりと笑った。
大きな寺に着くと、ここが本堂なのだと言われた。
坊さんの背中を追って寺の横にある勝手口から中に入ると、さっきまで居た座敷とさほど変わらない部屋に通された。
少しここで待つように、と言い残して、坊さんは部屋をいったん離れた。
Bは腰を下ろすなり貧乏揺すりを始めた。
暫くすると、坊さんが小さな木箱を手に戻って来きた。
「今回の件の、事の発端をお見せします」
座敷の上にうやうやしく置かれたそれを見て、俺たちは姿勢を正した。
3人で正座して並び、正面に坊さんが対座し、その中央に置かれた木箱に全員の視線が注がれた。
坊さんが箱の蓋を取り除いた。3人で首を伸ばして箱の中を覗き込む。
そこには、キクラゲがカサカサに乾燥したような、黒い小さな物体が綿にくるまれていた。
何を見せられているのか、よく分からない。
だがなんとなく、おぼろげな記憶の中に似たような物があることに気づいた。
俺がまだ小さい頃に、母親がタンスの引き出しから大事そうに木の箱を持ってきたことがあった。
そして箱の中身を俺に見せて、嬉しそうに笑った顔が思い出された。
箱の中には綿にくるまれた黒い小さな物体が収まっていて、それが何か分からずに母親に尋ねた記憶が蘇った。
「これは〝臍の緒(へそのお)〟って言うんだよ。お母さんと、お前がつながってた証」
その当時の俺は、こんなものをなんで大事そうにしまってるんだろう、くらいの感想しか持たなかった。
そして今、目の前にあるその物体が、同じ物のように見えた。
「これ何ですか?」とAが尋ねた。
「これは、〝臍の緒〟ですよ」
やはり〝臍の緒〟そのものだった。
Aはそれを初めて見た、と言った。Bは逆に見たことある、と言ったので、俺もそれに同意した。
「俺も」
「親御さんに見せてもらったのですね。こういうものは、大切に取っておく方も多いですから」
坊さんは俺たちの顔を見て、もう一度箱に目を移した。
「この〝臍の緒〟も、それはそれは大切に保管されていたものなのです」
俺たちは黙って坊さんの声に耳を委ねた。
「母親の胎内では、親と子は〝臍の緒〟で繋がっております。今ではその絆や出産の記念にと、それを大切にする方が多いですが、〝臍の緒〟には色々な言い伝えがあり、昔はそれを信じる者も多かったのです」
「言い伝え?」とBが言った。
「そうです。昔の人はそういう言い伝えを非常に大切にしておりました。今となっては迷信として語られるだけですが」
そう前置きをしてから坊さんは、〝臍の緒〟に関する言い伝えを教えてくれた。
主に「子を守る」という意味を持っているが解釈は様々で、「子が九死に一生の大病を患った際に煎じて飲ませると命が助かる」という説や、「子に持たせるとその子を命の危険から守る」という言い伝えがあって、親が子供を想う気持ちが込められているところでは共通しているらしかった。
俺たちはその話を聞いて、間の抜けた返事を繰り返した。
坊さんは一息つくと、控えめな咳払いをした。
「ひとつ、この土地の昔ばなしをしてもよろしいですか? 今回の件に関わるお話として、聞いてただきたいのですが」
俺たちは頷いた。他に選択肢はない。
ここから、坊さんの話が始まる。それは予想以上に長く、話の展開は全く予想できないものだった。