リゾートバイト(9)
知ってる人がいなくなって一気に心細くなった俺たちは、3人で寄り添うように歩いた。
特にBは、目を左右に動かしながら背中を丸めて歩いていて、明らかに憔悴しきっている様子だった。
だから俺とAは、できる限りBを真ん中にして2人で守るように歩いた。
石段を上り終わる頃、大きな寺が見えてきた。
だが坊さんはそこには向かわず、俺たちを連れて寺の右へ回り込み、奥へと進んだ。
そこには、もう一つ鳥居があり、更に石段が続いていた。
鳥居をくぐる前に坊さんがBに聞いた。
「Bくん、今はどんな感じですか?」
「二本足で立っています。ずっとこっちを見ながら、ついてきてます」とBは答えた。
「そうですか、もう立ちましたか。よっぽどBくんに見つけてもらえたのが嬉しかったんですね。では、もう時間がない。急がなくてはなりませんね」
そして石段を上り終えると、さっきの寺とは比べ物にならないほど小ぶりな小屋がそこにあり、坊さんはその小屋の裏手に行って、俺たちを呼んだ。
俺たちが裏へ周ると、坊さんは、ここに一晩入り、憑きモノを祓うのだと言った。そして、中には灯りが一切ないこと、夜が明けるまでは言葉を発っしてはならないことを伝えてきた。
「もちろん、携帯電話も駄目です。光を発するものは全て使わないように。食べたり寝たりすることもなりません」
それに加えて坊さんは、どうしても用を足したくなった場合はこの袋を使用するように、と言って変な布の袋を渡してきた。
俺は目を疑った。ビニールではなく「布」なのだ。
坊さん曰く、中から液体が漏れるようにはなっていない、とのことだったが、にわかに信じ難く使うのがためらわれた。しかし、そこに食いついてもしかたがないので、大人しく受け入れることにした。
その後、俺たちは竹の筒みたいなものに入った水を一口ずつ飲まされた。そして、坊さんもそれを口に含み、霧状にして俺たちに吹きかけてきた。そして小さな小屋の中へ入るよう促した。
俺たちは順番に入ろうとした。Bが入る瞬間、口元を押さえて外に飛び出し、吐いた。
突然のことで驚いたが、坊さんが慌てた様子を見せたので、ただ事ではないと感じた。
「あなたたち、堂に行ったのは今日ではないですよね?」
「え? 昨日、ですけど」俺は言った。
「おかしい。一時的ではありますが、身を清めたはずなのに〈おんどう〉へ入れないとは」
言ってる意味がよく分からなかった。
すると坊さんはBの身に付けているヒップバッグに目をやり、「こちらに滞在する間、誰かから何かを受け取りましたか?」と聞いてきた。
俺は特に思い浮かばなかった。
するとAが、はっと息を飲んで坊さんの顔を見た。
「今日、給料をもらいましたけど」
言われてみればそうだ。確かに給料も人から受け取ったものだ。
「あ、あと巾着袋もくれたな」
俺が言うと、Aが頷きながら「おにぎりも」と言った。
給料と一緒に女将さんがくれた巾着。そして美咲ちゃんが作ってくれたおにぎり。
坊さんは、それを聞くとBに話しかけた。
「Bくん、それのどれか一つを今、持っていますか?」
「おにぎりは鞄の方に入れてありますけど、給料と巾着は今、持ってます」
Bはそう言ってヒップバッグを開けて、坊さんにそれを手渡した。
坊さんは、渡された物のうち巾着袋に注目した。眉間に皺を寄せ、結口をつまんで、開ける。
「これは……」
坊さんは、俺たちに見えるように巾着の口を広げた。
中を覗き込んだ俺たちは全員、息を呑んだ。
巾着の中には大量の爪の欠片が詰まっていた。
俺の足に張り付いていたものと一緒だった。見覚えのある、赤と黒ずんだ白いもの。
Bは、その場ですぐにまた吐いた。俺も思わずそれに釣られて吐いた。周辺の地面が汚物まみれになった。
坊さんは、Bの持ち物を全て預かると言って、俺たち2人も持ち物も全て出すように言った。
俺は携帯電話と財布を取り出し坊さんに手渡した。巾着袋は旅行鞄に入っているので、処分してくださいと頼んだ。
坊さんは承諾し、再びBに竹筒の水を飲ませ、清めの水を吹きかけた。
そしてついに俺たち3人は、〈おんどう〉の中へ入ることができた。
「この扉を開けてはなりません。ほかの皆は、本堂におります。明日の朝まで、誰もここに来ることはありません」
坊さんは入り口の前で屈み、中の俺たちの顔を順に見回した。
「壁の向こうのものと会話をしてはなりません。この〈おんどう〉の中でも言葉を発してはなりません。決して居場所を教えてはなりません。この決まりを、くれぐれもお守りいただけますよう、お願いします」
俺たちは頷くしかなかった。
俺はこの時、既に言葉を発してはいけないような気がして、怖くて何も言えなかった。
坊さんは俺たちの様子を確認すると、扉を閉め、そのまま何も言わず行ってしまった。