リゾートバイト(8)

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その後、俺たちは旦那さんの軽トラックに乗り込み、もと来た道を戻った。

といっても、俺とAは車体後部の荷台だった。

旦那さんは俺たちが荷台に乗っているにも関わらず、乱暴ににスピードを上げた。Aが荷台のふちにしがみついて女々しい悲鳴を上げた。

どれくらい走ったのか分からない。あまり長い距離ではなかったと思う。正直、気持ち的に余裕はなかったし、何より振り落とされないようにしがみついていることで精一杯だった。

着いた場所は普通の一軒家だった。その横に小ぶりの鳥居が建っていて、石段が奥の方に続いていた。

旦那さんは呼び鈴を押して待つあいだに、俺たちに忠告した。

「聞かれたことにだけ答えろ」

少し待っていると、家の中から一人の女の人が出てきた。二十代くらいの普通の人のように見えた。額の真ん中に目立つホクロがある以外は。

その女の人に案内されて家の一角にある座敷へ移動した。

そこには、3人の男性が座っていた。一人はお坊さん、もう一人は普通のおっさん、そしてもう一人は年輩の爺さんだった。

俺たちが部屋に入るなり、おっさんの低い声が耳に届いた。

「禍々しい」

俺たちは旦那さんに促されるまま、坊さんたちが並んで座っている正面に腰を下ろした。そして最後に旦那さんが端に座る。

「XX旅館の旦那、この子ら全部で3人かね?」

年輩の爺さんが俺たちを見る。

「えぇ、そうなんですわ。このBって奴は、もう見えてしまってるんですわ」

旦那さんがそう言った瞬間、おっさんと爺さんは顔を見合わせた。すると坊さんが口を開いた。

「旦那さん、堂に行ったというのは彼ですか?」

「いえ。実際に行ったのはこっちの彼です」

旦那さんは俺を指差した。坊さんは顎に手を当てて俺を見る。

「ふむ」

「Bは下から覗いていただけらしいんです」と旦那さんは続けた。

「そうですか」

坊さんは得心した様子でBの方を見る。

「あなたは、この様な経験は初めてですか?」

「この様な経験?」とBが首を傾げて聞き返す。

「そうです。この様に、霊を見たりする体験です」

「えっと……ないです」とBが言った。

「そうですか。不思議なこともあるものです」

Bが言葉を詰まらせてから、何かを喋ろうとした。そこにいた全員がBに注目した。

「俺、死ぬんでしょうか?」

そう言ったBの腕は、正座した膝の上でぶるぶると震えていた。

すると坊さんは静かに答えた。

「そうですね。このままいけば、確実に」

Bは口を結んで畳の一点食い入るように見つめた。Aがその様子を目の当たりにして口を挟む。

「死ぬって、どういう」

「持って行かれるという意味です」と坊さんは淡々とした口調で答えた。

たぶん意味を説明されたところで俺たちはわからない。何に何を持って行かれるのか、ということを。

「話がわからないのは当然です。あなたは、堂へ行った時に何か違和感を覚えませんでしたか?」

坊さんが「堂」といっているのは、どうやらあの旅館の2階のことらしかった。それで俺は答えた。

「音が聞こえました。あと、変な呼吸音が。2階の扉にはお札の様なものが沢山貼ってありました」

「そうですか。気づいているかも知れませんが、あそこには人ならざるものがおります」

あまり驚きはなかった。事実、俺たちもそう思っていたからだ。

「恐らくあなたは、その人ならざるものの存在を耳で感じた。本来ならば人には感じられないものなのです。誰にも気づかれず、ひっそりとそこにいるものなのです」

そう言うと、坊さんはおもむろに立ち上がった。

「Bくん、今は見えていますか?」

聞くと、Bは顔を上げたが、何か不安な様子で視線を泳がせた。

「いえ。ただ音が、さっきから壁を引っかく音がすごくて」

「ここには入れないということです。幾重にも結界が張られています。その結界を必死に破ろうとしているのですね」

坊さんは四方の壁を見回した。

「しかしながら、皆がいつまでもここに留まることは出来ないのです。今からここを出て〈おんどう〉――どのような字を書くのか分からない――へ行きます。Bくん、ここから出ればまたあのものたちが現れます。また苦しい思いをすると思いますが、必ず助けますから、気をしっかり持って付いて来てくださいね」

Bはカクカクと首を縦に振った。

それから、坊さんに倣って俺たちはその家を後にし、すぐ隣の鳥居をくぐって石段を登った。旦那さんは家を出るまで一緒だったが、おっさんたちと何やら話をした後、坊さんに頭を下げてどこかへ行ってしまった。

 

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暗闇から見つめる視線

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