禁后(パンドラ)後日談
その後、老朽化などの理由でどうしても八千代の家を取り壊すことになった時、住民は初めて中に何があるのかを知ることになります。
八千代の家の中には私たちが見た、あの鏡台と髪が置いてありました。
八千代の家は一階建てで二階部分がありません。そのため、玄関を開けると目の前に二つ並んでいたそうです。
八千代の両親が、どのようにそれを作ったのかは分かりませんが、やはり人の形を成したままの髪でした。
これが呪いであると悟った住民たちは出来るかぎり慎重にそれを運び出し、新しく建てた家屋の中へ移しました。
この時、誤って引き出しの中身を見てしまった者がいましたが、その時は何も起こらなかったそうです。
これに関しては、熱心に供養をしていた者だったから、という説が有力です。
新しい家屋は町から少し離れた場所に建てられました。玄関がないのは人が出入りする屋敷ではないからです。ガラス戸や二階の窓は日差しや風通しなど供養のためのものでした。
そして誰も入ってはいけない家が完成し、大人たちだけが受け継ぐ秘密となったのです。
ここまでが、あの鏡台と髪の話です。
鏡台と髪は八千代と貴子という親子のものであり、言葉は隠し名として付けられた名前でした。
それでは最後の話に入ります。
空き家が建てられて以降、中に入ろうとする者は一人もいませんでした。
前述の通り、空き家へ移る際に引き出しの中を見てしまった人がいたため、中に何が入っているのか一部の人に伝わっていました。
私たちの時と同様、事実を知らない者に対して過剰に厳しくする事で、事前に予防することを怠りませんでした。
ところが、私たちの親の代で一度だけ事が起こってしまったそうです。
以前、私と一緒に空き家へ行ったA君の家族について、少し触れたのを覚えていらっしゃるでしょうか。
A君の祖母と母親が、もともとあの町の出身者であり、結婚して他県に住んでいたという話です。
これは事実ではありませんでした。
子供の頃に、A君の母親とB君の両親、そしてもう一人の男の子(E君とします)を入れた四人で、あの空き家へ行ったことがあるそうです。
私たちとは違って夜中に家を抜け出し、わざわざハシゴを持参して二階の窓から入ったそうです。
窓から入った部屋には何もなく、やはり期待を裏切られたような感じを抱き、隣の部屋に移動したそうです。
そこであの鏡台と髪の置物を見て、夜間という状況も相まって、凄まじい恐怖を感じたといいます。
ところが四人のうちA君の母親は、かなり肝が据わっていたようで、怖がる三人を押し退けて鏡台に近づいていき、引き出しを開けようとさえしたそうです。
さすがに三人も見ていることは出来ずに必死に止めました。その場は治めたものの、問題はその後に起こりました。
その部屋を出て慎重に階段を降りた先に、また恐怖が待っていました。
廊下の先にあった鏡台と髪の置物です。
A君の母親は、あのD妹のように引き出しを無邪気に開けて、中のものを取り出しました。
A君の母親は一段目の引き出しから「紫逅」と書かれた紙と、何枚か人の爪のようなものを発見しました。
さすがにまずいと思った他の三人は、A君の母親からそれを奪い、元どおり引き出しにしまって帰ろうと言い出しました。
その時、少しもみ合いになり体が棒に当たって髪が落ちてしまったそうです。
空き家の中で最も異様な存在であるその髪に誰も素手で触れる勇気はありませんでした。そして四人は、そのままの状態で帰ってきてしまったのです。
それから二三日は、その出来事を放っていたらしいのですが、親にばれたらまずいという気持ちが募り、A君の母親は元に戻しに行く決心をしました。
B君の両親はどうしても都合がつかなかったため、A君の母親はE君を誘って二人で行くことにします。
夜中に抜け出し、ハシゴを使って二階から入りました。前回と同じように。
階段を使って一階に降りていくと、家から持ってきた箸で髪をつかんで何とか棒に戻しました。
早く帰ろう、とE君は急かしますが、A君の母親はE君を怖がらせてやろうと企み、鏡台の二段目の引き出しを開けたのです。
「紫逅」と書かれた紙と何本かの歯が入っていました。
E君は案の定、取り乱して泣き出しそうになったのですが、これを面白がったA君の母親は、なんとE君にだけ中が見えるような体勢に誘い込み、三段目の引き出しを開けたそうです。
E君が引き出しの中を見たのはほんの数瞬のことでした。
A君の母親が、何があったの、と確かめようとした瞬間、E君は物凄い勢いで引き出しを閉め、虚ろな表情で動かなくなったそうです。
A君の母親は、E君が仕返しをしているのだと思い、最初はふざけていました。
しかし、いつまで経ってもE君の様子が変わらないので、A君の母親は急に怖くなって一人で帰ってしまったそうです。
帰宅後、母親に事情を話すと、予想を超える事態に発展しました。
E君の両親に連絡が行き、大人たちが集まり、すぐに空き家へ向かいます。
数十分ぐらいが経ち、家で待機していたA君の母親は、大人たちに抱えられたE君の姿を見ました。
何かを頬張っているように見えました。口元からは長い髪の毛が何本も垂れていたそうです。
その後、Bの両親も呼び出されて、関係者で話し合いが行われたのですが、E君の両親は子供たちに何も言いませんでした。
ただ、言葉では表せないような表情で、じっとA君の母親を睨みつけていたそうです。
E君を除く子供たち三人は、私たちの時と同様に、あの空き家にまつわる話を聞かされることになります。
そしてE君に会うことは金輪際できなくなり、E君の家族がどこかへ引っ越していくまでの間、A君の母親の家にE君の両親が毎日訪ねてきたそうです。
A君の母親は、この一件で精神的に苦しい状態となり、見かねた母親が他県の親戚のところへ預けていたのだそうです。
その後、A君の母親が町に戻ってきたのは、E君への償いの気持ちがあったからでしょう。