お辞儀

夜、私と妻と義理の妹夫婦の四人で車に乗っていた時の話です。

大通りを抜け、裏道へ入り、街灯が少ない住宅街を走っていました。僕は左側の後部座席に乗っていました。

住宅街といっても、きちんと区画整理されたような場所ではなく、車一台がようやく通れるような道です。

そのせいか、時速は30kmくらいだったと思います。

車窓に流れる民家を、ぼうっと眺めていました。

ぼうっと――。

ふと、玄関の前に小さな門のある家に向かって立ち止まっている人を見ました。

時間にして1、2秒ほどでしたが、通り過ぎた直後、いわれのない違和感に襲われたのです。

紺色っぽいジャンバーに作業用のズボン、頭にはほっかむりにしたタオル。一見どこにでもいそうな、力仕事の作業員のような格好です。

 

でも、一つだけ違っていました。

 

その男性は、門に対してお辞儀をしていたのです。

腰から上を前に倒す姿勢ではなく、本来曲がるはずのない背骨の中間からクッキリと。

明らかに異様なお辞儀でした。不自然な所が折れ曲がっている体をはっきりと見ました。

この時、霊的な恐怖よりも怖いもの見たさの好奇心の方が勝ったため、すぐさま義弟に言いました。

 

「すげぇよ○○君、今の見た? 玄関の前でおっさんがありえない角度でお辞儀してたよね」

 

一瞬だけ車内の時間が止まったように感じました。

すると義弟が口を開きました。

 

「見ちゃいました?」

 

話を聞くと、義弟の近所では「ほっかむりのおっさん」の目撃情報が後を絶たないそうで、おっさんがお辞儀をしていた家は、昔一家惨殺事件があった場所だと言うのです。

おっさんは、その家の主人でした。

主人だった、と言った方が正しいでしょう。

それを聞いた瞬間、背筋に悪寒が走りました。

私は初めて幽霊を見てしまったことに、後から気づいたのです。

 

暗闇から見つめる視線

目録