お前らだよ

ある夏、二組のカップルが海水浴に出かけた時の話です。

A君とM果、B君とY実は、互いに同じ地元の同級生でした。

A君はバイクを持っていたので現地までの道のりを先導することになりました。

他の3人はB君が運転する車でA君の後を追うことになりました。

その日は一日じゅう遊び、あっという間に日が暮れて帰る時間になりました。

そこでB君は、帰り道は家まで競争しよう、という提案をA君にしました。

A君は了承しました。帰り道に余興が生まれたので、むしろ喜んでいました。

A君とB君は、どちらも彼女と同棲していて、住んでる部屋も同じアパートの中でした。そのため、家の前に着けばどちらが早かったのかが直ぐに分かる状況だったのです。

そして同時刻、互いに出発しました。

A君とB君は途中で別のルートを取ったため、途中で姿を見失いました。

結果、先に着いたのはB君たちの車でした。

勝った事に喜ぶB君たちは、車を置いて荷物を部屋に置きに行きました。

 

しばらく経っても、A君は帰ってきませんでした。

不安になったM果は、B君たちの部屋で一緒に待つことにしました。

A君はバイク好きで、ツーリングにもよく行くため、夜間の運転には慣れているはずです。裏道なども知っているし、バイクなら渋滞にも引っかからないため、本来であればA君の方が先に着いていてもおかしくありません。

遅れるには何か理由があるはずです。

不安な表情のM果を見て、B君とY実も心配になってきました。

B君は、あいつなら大丈夫だって、と最初は楽観的な態度を取っていましたが、結局その日のうちにA君は帰って来ませんでした。

深夜になってM果は、何かあったら連絡してと言って、いちど部屋に戻りました。

 

翌日、A君の帰りを待ち続けた三人に悲しい報せが入りました。

なんとA君は帰り道の途中で、カーブを曲がりきれずに事故を起こしてしまったというのです。

警察はA君の所持していた身分証を頼りに、三人の元へ連絡してきました。

警察署で話を聞いたB君とY実は、固い表情で口を閉ざしました。M果は、その話を聞き終わる前に少し離れた場所へ移動し、泣き崩れました。

Y実がM果に付き添うことになり、B君が具体的な状況を聞くことになりました。

B君が別室に入り、しばらくすると暗い顔で戻ってきました。

 

「ガードレールに、物凄いスピードで激突して……即死だったらしい」

 

M果は首を振って、再び泣き崩れました。

するとY実がB君の顔を見て、ごくりと唾を飲み込みました。

M果は二人の様子がおかしいことに気づいて、濡れた目を拭いました。

すると自分の肩を支えてくれているY実の手が震えていることに気づきました。

 

「あのね、驚かないでね」

 

Y実がとつとつと喋り始めました。

 

「実は、昨日の夜にね、来たの……。私たちの部屋の前に……A君が」

 

M果はさっと顔を上げました。

 

「最初は誰だろうと思って……誰って聞いたら……」

 

Y実が言葉を詰まらせました。するとB君がM果の傍らにしゃがみ込んで、深く息を吸いました。

 

「Aだって言うんだよ」

 

M果は何を言っているのか分からずに、ただ目を見張りました。

 

「無事に帰ってきたのかとほっとした反面、何でこんな夜中に来るんだと不自然に思った。でも、明らかにあいつの声だったんだよ」

 

B君は直前に即死という事実を聞いたからなのか、少し興奮していました。

 

「でも……A君はもう……」

 

M果は、必死に声を絞り出しました。その事実を受け入れることは、誰よりも辛いはずです。

 

「だから今、怖くなって……」

 

B君はうなだれるように下を向きました。

 

「でも、その時は、実際……」

 

M果が聞くと、B君は下を向いたままかぶりを振りました。

 

「いや、開けたらいなかった。ドアの前に、Aはいなかったんだ」

 

「そのあと、ずっと気配が消えなくて……気のせいだったかもしれないけど」

 

Y実も涙声です。

 

「とにかく、事実ははっきりした。もしAが部屋に来たとしても、絶対に入れちゃ駄目だ!」

 

三人はアパートへ戻る途中、一言も口をきけませんでした。

B君はY実と一緒にM果を部屋の前まで送り、「何かあったらいつでもこっちに来いよ」と言って自分たちの部屋に引き上げていきました。

現場の検証が済んで詳しい事が分かるまでは部屋にいるしかないので、M果は今日は何もせずに休もうと思いました。

 

 

そして深夜。

 

 

A君と過ごした部屋で、一人横になって泣いていたM果は、何かの気配を感じて息を潜めます。

 

「誰……」

 

 

ドンドン!

 

 

「俺だよ!」

 

 

誰の声かすぐに分かりました。何度も聞きたいと願って思い返した声。

 

 

「開けてくれ!」

 

 

M果は開けたい気持ちを抑えて、泣きながら無視しました。

 

「ごめんね……ごめん……」

 

「おーい開けてくれよ! いるんだろ?」

 

ドンドンドン!

 

彼の顔が脳裏に浮かび、M果は無意識のうちにドアの方へ近づきました。

 

「なあ、開けてくれよ。目を覚ましてくれよ」

 

ドアの覗き窓から、うっすらと人影が見えました。M果は喉の奥で嗚咽をこらえました。

 

「……あなたは……んだの……」

 

ドンドン!

 

M果はドアに寄りかかって振動を背中に感じていました。扉一枚隔てた向こう側に、彼がいるんだと思いました。

彼に成仏して欲しい。せめて楽にしてあげたい。その一心で、M果は覚悟しました。

 

 

 

さっと身を翻してドアノブを掴み、M果は一気にそれを押し開けました。

 

 

 

「あなたはもう死んだの! 事故で、死んでしまったのよ!!」

 

 

 

「それはお前らの方だよ!!」

 

 

 

「え……?」

 

そして彼女は気を失いました。

 

 

 

…… …… … …… ……

 

 

 

次に気がついた時、M果は治療室のベッドの上にいました。

そして目の前には、なんと死んだはずのA君がいて、泣いて喜んでいました。

M果は状況が全く理解できませんでした。

A君は動揺するM果の手を取り、優しく話しかけました。

 

「競争して、俺が家に着いても、お前ら全然、帰ってこなくて」

 

M果はとぎれとぎれに聞こえるA君の声を、必死に汲み取ろうとしました。

 

「それで、来た道を戻って探したら、車……めちゃくちゃで……」

 

「前列に座ってたBとY実は……即死だったって……」

 

「でも、お前は怪我してたけど、意識を失ってるだけで……必死に呼びかけたんだよ」

 

「じゃあ……私……」

 

M果は急に怖くなって泣き出しました。死んだと思ったA君に抱きついて、大声を上げました。

A君が生きてたことへの安心感からなのか、B君とY実に対する悲しみからなのか、自分が何に泣いているのか理由は分かりませんでした。

M果は生まれて初めて本気で大泣きしました。

A君の呼びかけを無視し続けていたらどうなっていたのか――。

それを考える余裕は、M果にはありませんでした。

 

 

 

そして……

 

 

 

「何かあったらいつでもこっちに来いよ」

 

 

 

その言葉の意味を理解するのは、もう少し後になってからです。

 

 

 

暗闇から見つめる視線

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