禁后(パンドラ)2

禁后:パンドラ(1)を読む

私たちは、唯一の出入り口であるガラス戸の前に立っていたので、D子の妹が外へ出たという事はありえません。

広いといえども居間と台所は一目で見渡せます。

その場にいると思っていたはずのD子の妹が姿を消しました。

「〇〇! どこ? 返事しなさい!!」

D子が必死に名前を呼びましたが、返事はありません。

「おい、もしかして上に行ったんじゃない」とB君が言いました。

その一言で、全員が廊下の方を見ました。

「やだ! 何やってんのあの子」

D子が涙目になって叫びます。

「落ち着けよ。とにかく二階に行くぞ!」

A君の掛け声で私たちは一斉に動きました。さすがに怖いなどと言っている場合ではありませんでした。私は考えるよりも先に廊下に飛び出しました。

廊下を右手に走り階段を昇ります。

「おーい、○○ちゃん」

「〇〇! いい加減にしてよ! 出てきなさい」

みんなでD子の妹に呼び掛けながら階段の上を目指しました。返事はありません。

階段を昇り終えると、部屋が二つありました。

どちらもドアは閉まっていました。

まず最初に、すぐ正面のドアを開けました。

その部屋は外から見たときに窓があった部屋です。

中にはやはり何もなく、D子の妹の姿もありません。

「あっちだな」

そう言ってA君はもう一方のドアに近づき、ゆっくりとドアを開けました。

D子の妹がいました。

ただ、私たちは言葉も出せずその場で固まりました。

その部屋の中央には、下にあるものと全く同じ鏡の台が置かれていたのです。

そして鏡台の全面に立てられた棒、それにかかった長い髪の毛。

異様な恐怖に包まれました。全員が茫然としたまま立ち尽くしていました。

「姉ちゃん、これなあに?」

D子の妹が口を開いて、次の瞬間、とんでもない行動に出ました。

彼女は鏡台の前に近づくと、三つある引き出しのうち一番上の引き出しを開けたのです。

「これなぁに?」

もう一度、D子の妹が言いました。引き出しの中から何かを取り出し、私たちに見せます。

それは筆のようなもので「禁后」と書かれた半紙でした。

意味が分からずに、D子の顔を見ました。彼女は妹の方を向いて何も言えません。

この時、どうしてすぐに止められなかったのか、今でもはっきりとは分かりません。

D子の妹は、その半紙を引き出しにしまうと、二段目の引き出しを開けて中のものを取り出しました。

全く同じものでした。「禁后」と書かれた半紙です。

私は理解が追いつかずに、がたがたと震えだしました。

その時、D子が我に返って、すぐさま妹に駆け寄りました。

D子も半泣きになっていましたが、姉の自覚が理性を保ったようです。

「何やってんのあんたは!」

D子は妹の手から半紙を取り上げ、元の引き出しにしまおうとしました。

この時、D子の妹が半紙を出した後にすぐ二段目の引き出しを閉めてしまったのが問題でした。

D子は慌てていたのか、二段目ではなく一番下、三段目の引き出しを開けました。

引き出しを開けた途端、D子は中を覗き込むような姿勢で動かなくなりました。

黙ってじっと中を見つめたまま、微動だにしなくなりました。

「どうしたの」

ここでようやく、私は身動きが取れるようになったため、D子に駆け寄ろうとしました。その瞬間、ガンッ、と大きな音を立ててD子が引き出しを閉めました。

彼女は自分の肩にかかった長い髪を口元に運び、むしゃむしゃとしゃぶりだしました。

「おい、どうした」C君が言いました。

「D子、しっかりして!」私も叫びました。

みんなで声をかけても反応がありませんでした。

D子は、ただひたすら自分の髪をしゃぶり続けているのです。

その奇行に恐怖を感じたのかD子の妹も泣き出しました。これは、ほんとうに緊迫した状況なんだと思いました。

「おいどうなってんだよ!?」とA君が言います。

「俺だって知らねえよ! 何なんだよこれ」とB君が言います。

「とにかく外に出てうちに帰るぞ! ここにはいたくねえ」

そう言って男子三人がD子を抱えて一階に降ろしました。私はD子の妹の手を握り、大急ぎでその家から出ました。

その間もD子はずっと髪をびちゃびちゃとしゃぶっていましたが、どうしていいか分からないので、とにかく大人のいる場所まで運ばなければ、と思いました。

その空き家から一番近かったのは私の家でした。全員で駆け込むように玄関に入り、大声で母を呼びました。

私とD子の妹は泣きじゃくっていました。男子三人はびっしょり汗をかいて、抜け殻のように立ち尽くしていました。そして奇行を続けるD子の姿。

母が何事かという顔で玄関に出てきました。

「お母さぁん!」

私は泣きながら事情を説明しようと、なんとか言葉をつなぎました。

母は私と男子三人を突然ビンタし、大声で怒鳴りつけました。

「あんたたち、あそこへ行ったんだね! あの空き家へ行ったんだね!?」

普段見たこともない形相の母に私は絶句しました。うまく言葉を発せないため、首を縦に振るしかできませんでした。

「とりあえず、あんたたちは奥で待ってなさい。すぐにみんなのご両親にも連絡するから」

そう言って母はD子を抱きかかえると、二階へ連れていきました。

私たちは言われた通りするしかなく、みんなで居間に移動し、無言で座っていました。

それから一時間ほど経ったかと思います。誰も無駄口を叩こうとはしませんでした。

結局、他の親が集まってくるまで、母もD子も二階から降りてきませんでした。

親が集まってくると、ようやく母だけが居間に戻って来て、ただ一言「この子達があの家に行ってしまった」と言いました。

大人たちがざわめきました。動揺したり取り乱したりする人が出ました。

「お前ら、何を見た? あそこで何を見たんだ!?」

そのような言葉が私たちに次々とぶつけられました。私は頭が真っ白になって何も答えられませんでしたが、A君とB君が懸命に事情を説明してくれました。

「中で見たのは、鏡台と変な髪の毛みたいなやつ、あとガラス割っちゃって……」

「他に見たものはないか? それだけか!?」

「あとは、何かよく分かんないけど、言葉が書いてある紙」

その一言を聞いて、急に場が静まり返りました。

それと同時に、二階からものすごい悲鳴が聞こえました。

私の母が慌てて腰を上げ、二階へ行ってから数分後、抱えられて降りてきたのはD子のお母さんでした。

D子のお母さんは、顔がぐしゃぐしゃになるほど泣いていました。

「見たの? D子は、引き出しの中を、見たの?」

D子のお母さんは、私たちに詰問するように問いかけます。

「お前ら、鏡台の引き出しを開けて中にあるものを見たのか?」

「鏡台の三段目の引き出しだよ。どうなんだ?」

他の親からも質問が挙がります。

「一段目と二段目は、私たちも見ました。三段目は――D子だけです」

言い終わった途端、D子のお母さんがものすごい力で私の肩を掴み、何で止めなかったの、あんたたち友達なんでしょう、ねえ何で止めなかったのよ、と叫びだしました。

D子のお父さんや他の親が必死になって引き離しました。

「落ち着け」「奥さんしっかりして」となだめられ、正気を取り戻したD子のお母さんは、妹を連れてまた二階へと引き返して行きました。

そこでいったん解散となりました。私たち四人はB君の家に移動し、B君の両親から話を聞かされることになりました。

「お前たちが行った家はな、最初から誰も住んじゃいないんだ。あそこは、あの鏡台と髪のためだけに建てられた家なんだよ。俺や他の親御さんが子供の頃からあったものだ」

B君のお父さんが語りだしました。

「あの鏡台は実際に使われていたものだ。あの髪の毛も本物だ。それから、お前たちが見たっていう紙に書かれた言葉」

B君のお父さんは紙とペンを手に取り、「禁后」と書いて私たちに見せました。

「これだな?」

「うん。その言葉だよ」

B君が応えると、B君のお父さんはくしゃっとその紙を丸めて、ごみ箱に投げ捨てました。

「これはな、あの髪の持ち主の名前だ。読み方は事前に知らない限りまず出てこないものだ」

私たちは息を詰めて聞くしかありません。

「お前たちが知っていいのはこれだけだ。金輪際あの家の話はするな。近づくのも駄目だ。いいな、とりあえず今日はみんなうちに泊まってゆっくり休め」

B君のお父さんは席を立とうとしました。するとB君がはっと顔を上げて前のめりになりました。

「D子はどうなったんだよ! あいつは、何で、あんな……」

言い終わらないうちにB君のお父さんが口を開きました。

「あの子の事は忘れろ。もう二度と元には戻れないし、お前たちとも二度と会えない」

それに、と言ってB君のお父さんは悲しげな表情を作りました。

「お前たちは、あの子のお母さんからこの先一生恨まれることになる。今回の件で誰かの責任を問う気はない。だが、さっきの親御さんの見せた様子で分かるだろう。お前たちは、もうあの子に関わってはいけないんだよ」

B君のお父さんは静かに部屋を出ていきました。

取り残された私たちは、私は何も考えられませんでした。

あの後どうやって過ごしたのかも、よく覚えていません。

本当に長い一日でした。

それからしばらくは普通に生活するようにしていました。

翌日から私の親は一切この件に関する話には触れず、D子がどうなったのかも教えてくれませんでした。

学校には一身上の都合で休むという名目になっていたようですが、一ヶ月ほどすると別の場所へ引っ越したということが伝えられました。

あの日以来、私はあの家に近づくこともなく、その話題を意識的に避けてきました。

A君やB君やC君と遊ぶこともなくなりました。D子のことを思い出しそうだったからです。後から知った話では、彼らも疎遠になっていたようです。

そして、その一件を機に空き家はガラス戸や窓にも厳重な対策が施され、中には入れなくなったといいます。

私は高校に進学し、そのあと町を出ました。それからもう十年以上が経ちました。

ここまで下手な長文に付き合ってくださったのに申し訳ないのですが、結局何もわからずじまいです。

ただ、最後に。

私が大学を卒業した頃のことですが、D子のお母さんから私の母親宛てに手紙が届いたそうです。

内容はどうしても教えてもらえませんでしたが、その時の母の言葉が今でも引っ掛かっています。

 

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