押入れの襖(ふすま)

大学時代の友人の話。

彼は大学に合格したあと、上京して一人暮らしをするために、近くに良い物件はないかと探していました。

ところが、条件がよい物件はどこも契約済みで、大学よりかなり離れたところに、ようやく一件見つけることができました。

とても古い木造アパートで、台所やトイレなどすべて共同なのですが、家賃がとても安いので、彼は契約することにしました。

引っ越しを済ませ、実際に住み始めてみると、とても静かでなかなか居心地のよい部屋だったそうです。

ある晩、彼の部屋に彼女が遊びに来ました。

2人でお酒を飲んでいると、彼女が急に「帰る」と言い出しました。

部屋を出ると、彼女は

「この部屋、何か嫌な感じがする」

と彼に告げました。

彼女によると、お酒を飲んでいる間、部屋の中に嫌な気配が漂っているのをずっと感じていて、一向に酔うことができなかったというのです。

「気を付けたほうがいいよ」

という心配そうな彼女の言葉に、彼は軽く答えるだけでした。

元々、霊感の全くない彼は、その手の話を全く信用しなかたのです。

「そっちこそ気を付けて帰れよ!」

と、彼女を見送って、また一人で飲み始めたそうです。

 

 

しかし、この時彼女が言ったことは間違いではありませんでした。

 

 

ある日から、特にバイトがきついというわけでもないのに、部屋に帰ると物凄く気だるい感覚に襲われるようになったのです。

また、夜中寝ている間に、誰かに首を絞められているような感覚に襲われ、突然飛び起きこともあったというのです。

そのせいで、彼は寝不足で食欲も落ち、げっそりと痩せてしまいました。医者に診てもらったりもしましたが、原因は分からずに、ストレスや栄養不足といった理由を付けられるだけでした。

 

 

心配した彼女は

「やっぱりあの部屋に原因があるんだよ!」

と彼に引っ越しを勧めました。

彼は、引っ越すお金もないし、今更物件も見つからないと言って動こうとしませんでした。

 

 

そして、そのまま2週間ほど経ったある晩のことです。

夜遅く部屋に戻ると、いつにも増して疲れを感じた彼は、そのまますぐに眠ってしまいました。

真夜中、ものすごい圧迫感を感じて急に目を覚ましましたが、体は金縛りのため身動き一つとれません。

ふと頭上の押入れの襖に視線を送りました。

すると、閉まっている襖が、ズズズ… とゆっくり動き出し、数センチほど開いたかと思うと、次の瞬間、ぬーっと真っ白い手が彼の方へ伸びてきました。

彼は心の中で「助けて…」と叫ぶと、その手はスルスルと隙間へ戻っていきました。

しかし、ほっとしたのもつかの間、今度は襖の隙間から真っ白い女の人の顔が、彼をじっと見つめているというのです。

彼は身動きが取れず、一睡もできないまま朝を迎えました。

日が昇ると体が動くようになり、女の姿もなくなっていました。

 

 

彼はその日、彼女をアパート近くのファミレスに呼び出し、昨晩あったことを全て話しました。

そのとき、少し離れた席に一人のお坊さんが座っていて、ずっとこ彼の方を見ていることに気付いたそうです。

しばらくすると、そのお坊さんがいきなり近づいてきて、彼に向かって、

「あんた、そんなものどこで拾ってきた!」

と一喝したそうです。

彼が驚きながらも尋ねると、彼の背中に強い念が憑いており、このままでは大変なことになると言ったそうです。

 

彼は、今までの出来事をすべて話しました。

 

するとお坊さんは、自分をすぐにその部屋に連れて行くようにと言ったそうです。

 

部屋に入ると、お坊さんはすぐに押入れの前に立ち止まり、しばらくの間、その前から動こうとしません。

 

そして突然、押入れの襖を外し、その一枚を裏返して2人の方へ向けました。

 

その瞬間、彼は腰を抜かしそうになったと言います。

なんと襖の裏全体に、色鮮やかな花魁(おいらん)の絵が描かれていたのです。

舞を舞っているその姿は、まるで生きているようで、心なしか彼の方をじっと見つめているように感じたそうです。

お坊さんによれば、

「どんないきさつがあったかは私には分からないが、この絵にはとても強い怨念が込められていて、君の生気を吸って次第に実体化しつつあり、もう少しで本当に取り殺されるところだった…」

と告げたそうです。

お坊さんは、襖の花魁の絵の周りに結界を張ると、「すぐ家主に了解を得て、明日自分の寺にこの襖絵を持ってきなさい」と言い残し、立ち去りました。

次の日、彼女とともにお寺に赴きました。

そして、その襖絵は護摩とともに焼かれ、供養されたということです。

 

 

暗闇から見つめる視線

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