非常階段

昔、大学生になった私が引越したときの話です。

引越し先のマンションは、都心部に建っていたのですが、割と安い家賃でした。

周辺には大学関連施設も多く、やはり住人も学生が中心とのことでした。

私が住むことになった階層は一番上の四階。

下の階には同じ学校に通う友人が住んでいて、私が引っ越す一ヶ月前くらいから住み始めていたのですが、どうも様子がおかしいという話を聞きました。

 

「このマンションは深夜になると出るっていう噂があって、特に非常階段が怪しいらしいんだって!」

 

住人の話によると、深夜の三時から四時ごろになると、非常階段を上り下りする足音が聞こえるというのです。

でも、このマンションにはエレベーターもあるし、非常階段を使うには、わざわざ通路を回って裏側に行かないと駄目なんです。

何も好きこのんで夜中に階段使う人もいないでしょうと言っていたのですが……

 

大学がテスト期間に入たので、その日は深夜遅くまで起きていました。

息抜きにコンビニに行こうと思い、夜中に外に出ることにしました。

ドアを開けると、少し肌寒い空気が流れ込んできました。

廊下に出て、ドアに鍵を掛けたとき、非常階段の方から足音が聞こえてきました。

 

 

カツーン、カツーン

 

 

この前聞いた話をすっかり忘れていた私は、誰かが帰ってきたのだろうと思い、大して気にしませんでした。

私はエレベーターに乗って一階に下りると、コンビニでお菓子とジュースを買いました。

マンションからコンビにへ行くには、片道五分くらいで、少し雑誌の立ち読みをしたので往復で二十分くらいだったと思います。

マンションへ戻り、エレベーターに乗ると、一番上の四階のボタンを押しました。このマンションは屋上にエレベーターが行くようにはなっていません。

自分の部屋のある階層へ向かうという、毎日繰り返している何気ない行為です。

でもなぜかその時、物凄く嫌な感覚に襲われました。

 

 

チーン

 

 

無音のエレベーターの中に響いた音で、四階に着いたことに気づいた私は、ドアが開くのを待っていました。

鼓動が早くなっていて、早く部屋に戻りたいという思いで頭が一杯でした。

ドアが開いた瞬間、私の嫌な予感は当たってしまいました。

 

 

カツーン、カツーン

 

 

何と、部屋を出た時に聞こえていた足音が、まだ鳴っていたのです。

 

 

……何で?

 

 

私は廊下で固まってしまいました。

なぜ足音が聞こえているのか、いったい誰がこんな時間に非常階段を使うのか、なぜエレベーターではなく、わざわざ非常階段なのか、様々な想像が頭の中を埋め尽くしていきました。

私が固まっていると、足音はだんだん小さくなっていき、最後には聞こえなくなりました。

たまたま、タイミングよく誰かが使っていただけなのかな。

そう思った直後。

 

 

チーン

 

 

振り返ると、上から下りてきたエレベータが四階で止まる瞬間が小窓から見えました。

 

 

ドアが左右に開きました。

 

 

エレベーターの中には、後ろ向きに女の人が乗っていて、顔が全く見えない状態でした。女は薄汚れたトレンチコートとハイヒールを身に付けていました。

 

 

その体が、首を下に垂れたまま、ゆっくりとこちら側へ振り返ろうとしました。

 

 

私はここにいたらまずいと思い、とっさに走り出して自分の部屋へ逃げ込みました。

 

鍵をかけた途端、力が抜けて玄関に座り込んでしまいました。

 

女はどこから下りてきたの?

 

四階は一番上の階なのに……

 

 

暗闇から見つめる視線

目録