コンセント
その日は朝から引越しの準備に追われていた。
学生生活も終わり、社会人として新しい生活を向かえるため、僕は古い荷物をまとめていた。
友人三人にも手伝ってもらったので、夕方には何とか荷造りが終わり、後は運び出すだけの状態になった。
「よし、今日はこのぐらいにして後は明日にしようぜ!」
そう言って僕たちは、すっかり生活感の無くなった部屋で皆で飲む事にした。
今日で最後だと思うと、四年間世話になった部屋も離れがたく感じる。
「じゃあ適当に酒とツマミ買って来ようぜ」
友人の一人が言った。皆あれこれと欲しい物を言い出したので、紙にリストを書いてジャンケンで負けた奴が二人で買い出しへ行くことにした。
結局、僕と友人のKが部屋に残る事になったので、四人分のくつろげるスペースを作って飲み会の準備を始めた。
ふとタンスの置いてあった場所を見ると、壁に一度も使った事のないコンセントが見えた。色のくすんだ壁紙がそこだけ真新しいままだった。
「こんな所にコンセントあったのか」
ちょうど皆で焼きソバを焼こうと言っていたので、そこにホットプレートのコンセントを挿すことにした。
しばらくすると買出し部隊がビニール袋をぶら下げて帰って来た。
「よーし! じゃあ始めるかぁ」
「カンパーイ!」
ビールやチューハイを缶のままぶつけ合う。
「いやぁ、やっぱ動いた後のビールは旨ぇなぁ!」とKが言った。
「今日はありがとう! あ、飲み代は僕が持つから!」
僕が言うと、皆は意地悪な顔つきで笑った。
「当たり前だろ!」
「そろそろ焼きソバ焼こうぜ」
フライ返しを両手に持ったMが言った。ガチャガチャと音を立てて調理のふりをする。
「そうだな! ちょっとK、コンセント挿してくれ」
僕はKにコンセントの先端を差し向けた。
「あいよ!」
Kが受け取りコンセントの先端を壁に向けた。
「おい硬いぞ! 何かつまってんのか? なかなか入らん!」
「そこ一度も使った事ないからなぁ」
僕はKの背中を見るともなしに返事をした。
「お、入った!」
ホットプレートの温度を上げて、しばし待つ。
「よーし、焼くぞー!」
鉄板はMが仕切った。自分から言い出しただけあって、出来栄えはなかなかだった。
焼きそばを食べ終えて、酒もいい感じに回って来た。
とにかく僕は、今日の充実感と、これからの期待と、この部屋への思い出で、最高に気分のいい状態だった。
こんなに気持ちよく酔えたのは久しぶりだった。
他の三人も楽しそうに笑って、学生時代の思い出を語り合っていた。
酒もツマミも無くなって、ようやく落ち着いた頃、時計を見ると午前三時半だった。
「そろそろ寝るか。明日引越し屋が来るの何時だっけ?」
Aが眠そうな顔で僕に言う。
「えーと、十時だよ」
「まぁ、荷物は大体片付いてるから、九時くらいに起きればいいっしょ!」
Mが満腹の腹を叩いて寝転ぶ。それが合図となり、Kが電気を消した。
電気を消した後も、昔の思い出話などをていた。そうやって時間が経ち、一人、また一人と寝息を立て始めた。
僕もそろそろ眠ろうと思って寝返りを打った。
ボト……
「ん? 何の音だ」
かなり酔っていたので、気のせいだと思った。
しかし、なぜか眠れない。他のみんなは寝ているというのに、僕だけ目が冴えて寝れなかった。
その瞬間、確実に誰かに見られているような気がした。
部屋の中には、僕と友人の四人しかいないはずだ。だが他にも気配を感じる。
「どこだ? さっきの音……」
僕は横に寝転がったまま、恐る恐る首を動かした。
ちょうど背後に、あのタンスの裏に隠れていたコンセントがあった。
さっき使ったホットプレートのコードは抜け落ちていた。
その代わりに、コンセントの穴から黒い筋が伸びていた。
急に使ったから焦げ付いたのか、と思うと、それは毛だった。
何の毛か分からない。黒い人間の頭髪のような毛が無数に垂れ下がっているのだ。
僕は朦朧とする頭で必死に考えた。何とかしなければと思い、体を起こした。
隣に寝ていたKを起こそうとしたが、案の定、起きる気配はない。
その瞬間
ゴォォォという風の抜けるような音がコンセントの穴から聞こえた。そうと思うと、穴の中から呻くような声が響いた。
オマエのせいだからなぁ
その声がしたかと思うと、部屋じゅうのコンセントから髪の毛が生えだし、まるで植物のツタのように壁を這って、視界を黒く染めた。
「うわぁぁぁ!」
気がつくと朝になっていた。部屋の中は何事も無かったようにすっきりしていた。
皆が起きて、顔をあらったり飲み会のゴミを集めたりしてい最中に、引越し屋が到着した。
朝の時間は慌しく流れ、この部屋を離れる時はあっという間に近づいた。
その間、あのコンセントだけから髪の毛が数本垂れ下がっている事を、僕は目にしていた。
気づいていたが、誰にも言えなかった。僕が誰かに話してしまうことで、何かいけない事が起こるんじゃないかという恐怖感があった。
あいつは、まだあの部屋にいるのだろうか。
あの部屋が事故物件なのかどうかも、調べる気にはなれない。