憑いてたモノ

ある年の夏、中部地方に存在していた遊園地の跡地で体験した話です。

その遊園地は数年前に閉鎖され、今では廃墟となって心霊スポットマニアの溜り場になっている、と噂されていました。

それが本当なのか、単なる作り話なのかは分かりませんが、私は女友達のS美と弟のK斗を誘って、三人でそこへ行ってみることにしたのです。

遊園地まで行くには山道を通る必要があったため、S美が車を出してくれました。

真夏で暑かったこともあって車内の窓は全開でした。

山を登り始めたころ、車内に小バエのような虫が入り込んできました。しばらく気にしていなかったのですが、途中で明らかに虫の数が増えていることに気づいたのです。

追い払っても追い払っても、虫は走行中の車窓からなかなか出ていってくれません。私たちは気持ち悪く感じたので、一旦車を路肩に停めて車外に出ました。

その時、どこからか猫の鳴き声が聞こえてきました。

周囲を見回してみると、竹やぶの中に白い子猫がいるのを発見しました。

最初は怯えていて、こちらに寄ってこようとはしなかったのですが、私たちが持ってきたパンやお菓子を見せると、少しずつ車道側に出てきました。明るいところへまろび出てきた猫を見たとき、私たちはびっくりしました。

なんとその猫は右耳がなく、血が固まったあとがあったのです。さらに右目も潰れていて、とても悲惨な姿でした。

野良にやられたのかな、かわいそうに、と持っていたパンやお菓子を子猫にやり、そしてまた車へ戻り、乗り込もうとしました。

その時、パンを狙ったのか子猫を狙ったのか、カラスが二羽急降下してきました。黒い羽根が舞い、猫がいる場所を荒らしていきます。

私たちは一瞬身を固めましたが、K斗が車からジャケットを取り出し、振り回しながら声をあげて追い立てたので、カラスはパンを咥えておとなしく逃げていきました。

私とS美も車から離れて子猫の様子を見に行きました。子猫はカラスにつつかれたようで、腹部や顔から血を流していました。

子猫の息は既にか細く、十分くらいで息をひきとりました。

それから子猫をどこかに埋めてあげようということになり、竹やぶの中に連れていきました。小さなお墓をみんなで作っている間も、ずっとカラスが上空でギャアギャアと鳴きながら飛んでいました。

カラスが人を襲うという話を聞いたことがあるので、早くその場を離れたくて、車へ急ぎました。

現地に到着すると、従業員用の出入口から侵入できそうだったので、私たちは柵をまたいで中に入りました。

遊園地の敷地内に人の気配はありませんでした。中を歩き回って一通り確認してみようということになり、私たちは歩き出しました。

各施設はガラスが割られていたり、錆付いて壊れているくらいで、廃墟というには怖さが足りませんでした。

持参したポラロイドで写真も撮りましたが、結局、何も写り込むことはありませんでした。

私たちは拍子抜けして、次の施設へ向かおうと言い合いました。

 

しかし、恐怖はこの後に起こったのです。

 

お化け屋敷のアトラクションの前に行くと、中から引っ張り出されてきたと思われる、ドレスを着たマネキンが横たわっていました。

その人形は、仰向けの状態で首を右向きに倒して、直立姿勢で寝ています。

私たちがそれに気を取られていた直後、さっきまでうるさく鳴いていたセミが、一斉にバチバチと音を立てながら飛び立ちました。

周囲の樹木や建物からセミの茶色い個体が大量に飛び交います。私とS美は、それにびっくりして悲鳴を上げて抱き合いました。

急激な静けさがやってきました。K斗は周囲を警戒するように首を巡らせています。

私は冷や汗をかきつつ、音の気配を探りました。

体を離してS美の顔を見ると、その視線が一点を凝視していることに気づきました。

S美は瞬き一つせずに強張った表情をしています。

 

「大丈夫?」と私は声をかけました。

 

S美は、ちょうど私の肩越しに何かを見ているようでした。

 

「あの人形……さっきまで右向きだったよね?」

 

私はぞっとして、恐る恐る体ごと振り返りました。

全身に鳥肌がたちました。背中に感じる嫌な空気は勘違いであって欲しいと思いました。

マネキンは確かに左向きになっていました。しかも、仰向けの体制からまるで寝返りをうったかのように、体ごと左を向き、私たちのことを凝視していたのです。

次の瞬間、S美が突然すごい声で「グェェェェ!」と叫びました。

驚いて彼女の方に振り返ると、口からよだれを垂らし、手の指をありえない方向にばらばらに動かしていました。私は腰を抜かしそうになって後ずさりました。

するとK斗がS美をおんぶして、出口に走るぞ、と言いました。

K斗の後を追うように私も駆け出しました。後ろからS美の姿を見ると、彼女は弟にもたれかかって大人しくしているように見えました。

すると突然、K斗が「うわぁぁぁ!」と叫び声を上げました。K斗までおかしくなったらどうしようと、私は一瞬あせりました。

しかし、よく見るとS美が後ろからK斗の首を絞めていたのです。

私は恐怖とパニックで泣き叫びながら、S美の背中を強く叩きました。

 

「やめて! S美! ねえやめて」

 

S美は何度も何度も苦しそうに呻いて、それからぐったりとして静かになりました。

K斗は姉を落とさずに、なんとか出口までたどり着きました。

柵を乗り越えて遊園地の敷地を出ると、K斗はそこで座り込んでしまいました。

S美はまた遊園地の中に入っていこうとします。

私は引き止めようと腕を絡ませましたが、もの凄い力で振り飛ばされました。その反動で地面に思い切り顔から突っ込み、落ちていたガラスの破片で肌を切りました。

パニックだったので痛みは感じませんでした。そのとき、S美のポーチに車のキーがあることに気づきました。

私はK斗と協力してキーを奪うと、K斗にS美を見張っておくように言って、車に向かいました。

車に駆け込もうとした私は、その惨状を目の当たりにしてぎょっとしました。

フロントガラスの上に埋めたはずの子猫の死骸が、土まみれの状態で置かれていたのです。

私は足が震えて、その場に立ち尽くしてしまいました。上空でカラスが鳴く声も聞こえます。

――まさか掘り返したの?

嫌な考えが一瞬頭をよぎりました。完全に頭がぼうっとしてしまい、動けませんでした。

すると、遊園地の方からK斗がS美をずるずると引きずって来ることに気づきました。

何をやっているの、と言いかかった直後、K斗の叫び声が聞こえました。

 

「姉ちゃん! 何やってんだよ!」

 

K斗の首がどす黒く変色しているのと同時に、S美が気持ち悪い動きをしているのが目に入りました。

何かがふっ切れました。

私は「わぁーっ!」と大声で叫びながら、フロントガラスの猫の死骸を手で払いのけ、車に乗り込みました。そのときのずっしりと重く、ベタっとした生暖かい感触は、いまだに忘れられません。

エンジンをかけて、K斗が引きずってきたS美を乗せて、急いで山を下りました。途中でカラスが何羽も車にぶつかってきたり、エンジンが三回止まるなど、不可思議な出来事の連続でした。

山を下りて直ぐのところに神社があったので、私たちはそこに転がり込みました。

巫女さんの姿が見えたので、「助けてください!」と叫びながら、境内の方に走って行きました。

顔面血まみれの私を見て、巫女さんはすぐに神主さんを呼んでくれました。

S美はふらふらと車から降りてくると、わりとちゃんとした足取りで神主さんの案内に従いました。しかし、わけのわからない言葉をぶつぶつと言い続けていたため、まだ普通じゃないんだと思いました。

私とK斗は、S美を真ん中に立たせて手をしっかり握り、座敷へ上がりました。

神主さんに事情を説明すると、静かに頷きました。

「事情は分かったから、きみたちはまず病院へ行きなさい。この子に憑いてきた物と話してみるから」

私とK斗は神主さんに礼を言って、二人で病院へ行きました。K斗は首にくっきりと手の形で痣が残っていました。

私は病院の入口の手前で血の気が引いて倒れてしまいました。後からK斗に聞いた話では、出血がひどくて大変だったそうです。

その後、輸血をもらって顔に残ったガラスを取り出して縫う手術を受けました。病院側が連絡したらしく、警察の取り調べも受けました。

次の日、私とK斗も神社にお祓いに連れていかれました。神主さんは怒りませんでしたが、事態の深刻さについては静かに話してくれました。S美は、あのあと意識が戻らず一週間ほど入院しました。

S美の車は、神主さんの助言もあって親御さんが処分したそうです。K斗は、首の痕はとれましたが、尻餅をついたときの打ち所が悪く、片足が不自由になってしまいました。

私はというと、ガラス片が目に入ってしまったらしく、数年後には失明すると診断されました。

結局詳しい原因は分からなかったものの、気安く廃墟に近づいてはいけないことを、わりときつめに言われました。

廃墟には人ではない何かが、確かにいるのだと私は思います。

 

 

暗闇から見つめる視線

目録