自殺の名所

昔、有名な観光地の消防署で働いていた叔父が、定年退職後に聞かせてくれた話。

叔父は、市内でも有名な自殺スポットの○ヶ浦で自殺があるたびに駆り出され、何年ものあいだ遺体の回収作業をやっていた。

最初はその役目が嫌で半ば諦念の気持ちで携わっていたそうだが、ある時から死体にも慣れて平然とこなすようになっていた。

全く動じない叔父の様子が知られて、○ヶ浦で自殺がある度に必ず呼ばれるようになったそうだ。

そんな叔父が、たった一つだけ思い出したくないことがある、と言って話し始めた。

 

ある晩、たまたま家に誰もいない日に一人で寝ていると、玄関を叩く音がしたという。

玄関に行ってみても誰もいない。

少し様子を見て寝床に戻ろうとすると、今度は別の部屋から窓を叩く音が聞こえる。

窓を開けて確認するも、そこには誰もいない。

タチの悪いいたずらか、と思い腹を立てて寝床に戻る。

すると今度は、布団を敷いて寝ている部屋の襖(ふすま)が何者に叩かれた。

 

ドンドン

 

いったい誰だ、と思いながら勢いよく襖を開けた。

誰もない。

さすがに気味が悪くなり、叔父は布団をかぶって寝てしまおうと決心した。

 

ドンドン

 

今度は布団の周りの畳を叩く音が聞こえた。距離が近い。

 

ドンドンドン

 

叩く音がだんだんと強くなり、しまいには枕元の上の方を叩くようになった。

震えるような恐怖を覚えた叔父は、布団をかぶったまま身動き一つ取れなくなっていた。

そのうち徐々に叩く音が弱まり、時間が経つとともに、すうっと消えてしまったそうだ。

ここで安心したのも束の間、いきなり電話が鳴り響いた。

おそるおそる布団を出たところで、翌朝になっていることに気づいた。

電話に出た叔父は、同僚の声を聞いた。

また○ヶ浦で自殺があったから来てくれ、という内容だった。

現場に着くと、若い女が崖の上から飛び降りたものの海まで落ちることができずに崖の途中の松の木に引っかかっている、という状況だった。

崖の岩で体中を何度も強く打ち、前身打撲と複雑骨折、そして片目に松の枝が刺さっている。

詳しく調べた結果、彼女は飛び降りた直後、即死することができずに、松の木に何時間もぶら下がっていたということが判明。

体中の痛みと目の苦痛に耐えられずに、無事だった方の片腕で近くの岩を叩き続けていたであろう痕跡が発見された。

推定時間は、叔父の眠ろうとしていた時だった。

 

 

暗闇から見つめる視線

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