雨の音
その晩は雨が強く降っていた。
夜中に集まった友人4人で心霊スポットに行こうと言い出したのは単なる思いつきからである。
現場に着き、一旦トンネルの手前で運転手が車を脇に寄せた。
俺は助手席に乗っていた。フロントガラスの先にオレンジ色の空洞が見える。
霊感などの感覚は鈍いほうだが、不気味な雰囲気は感じとることが出来た。
もちろん、「恐い場所」という先行イメージのせいもあるだろうが。
しばらく休憩した後、ゆっくりと車を進めてトンネルの中に入った。
後部座席に乗っている二人が、おかしなテンションではしゃぎはじめた。
こういう体験は始めてなので、わくわくするような妙な高揚感を感じた。
運転手も期待と不安を足してニで割ったような、肝試し独特の雰囲気に浸っていた。
臨場感を出すため、彼はスピードをかなり落として進んだ。
それほど寂れた場所ではないのだが、後続の車は一台も来なかった。
全員、何かが起こる事を期待していた。
何もおこらずにトンネルの終端に来てしまった。
トンネルの壁などを観察していた友人たちも、別に妙なモノを見たわけではなさそうだった。
もう一度いってみよう、と運転手が言った。
反対する者は誰もいなかったので、出口ですぐにUターンし、もう一度トンネルに入った。
次も、何も起こらなかった。
期待はずれな結果に終わってしまったので、全員納得できない様子だった。
運転手は無言でもう一度Uターンする。
雨が強くなってきたのか、雨粒が車を叩く音がうるさくなってきた。
三回目のUターン。
つまり来た道を戻る形で進んでいる時だった。友人の一人が、もう帰ろうぜ、と急に言い出した。
変わった事が何も起こらないため、飽きてきたのだろう、と思った。
ただ、何かいつもの声と調子が違う気がした。
トンネルの出口が見えたあたりで運転手が車を端に停めた。
俺たちは後部座席の方に振り向いた。
帰ろうと言い出した友人は肩を縮め、寒さに震えるような格好をしていた。
隣の友人は、その様子を見てキョトンとしている。
「おい、どうした? 何か見えたのか?」と俺は聞いた。
友人は顔を上げなかった。
「いいから、とにかくここを離れよう」
落ち着いているようで、内心焦っているような声。
「なぁ、もしかして冗談? 俺たちビビらそうとしてんじゃないの?」
後部座席の隣に座っている友人がヒジで小突いた。
だが、いつもならリアクションするはずの友人は、なんの反応も見せずに震えて首を振った。
何かを見てしまったのか、それとも俺たちよりも霊感が強いやつだったのか。
雨が一段と強くなり、ボンネットを叩く音が耳ざわりに感じた。
俺と運転手は顔を見合わせ、とにかく一旦ここを離れて、どこか落ち着ける場所を探す事にした。
国道沿いのファミレスに寄り、ようやく一息ついた。
夏も近い季節だというのに凍えるように震えていた友人も、店内に入ると落ち着きを取り戻したように見えた。
「聞こえなかったのか?」
窓際の席に腰を下ろすなり、怖がっていた友人が身を乗り出して聞いてきた。
何のことだ、と思って友人たちの顔を見比べた。他の友人も同じ反応だ。
「幽霊の声でも聞いたのか?」
俺は冗談のつもりで聞いてみた。だが友人は笑わない。
「別になにも。雨もうるさかったしなぁ」
運転手が腕を組んで外の様子を見た。
「だよなぁ」
「だな」
俺たちも同意した。
窓の外は激しい雨だ。そういえば今何時だっけ、と思った。
「き……」
怖がっていた友人が突然変な声を発した。
「聞こえてんじゃねぇかっ!!」
深夜の店内が静まり返って、バイトの店員が何事かという顔でこちらを伺う。
友人がなぜ怒鳴ったのか分からない。俺は周りの客の反応を気にして、きょろきょろと店内を見回した。
「おい意味わかんねえよ! あはは」
運転手が店内の空気を和らげようと、わざと大き目の声で喋った。
すると一緒に後部座席に座っていた友人が、隣のそいつに水を勧めて言う。
「おい、何が聞こえるんだよ。今も聞こえるってことか?」
「違うよ」
また意味が分からなくなった。
しばらく重い沈黙が続いたあと、ようやく友人が口を開いた。
「雨だよ。雨の音」
「雨? それがどう……」
「俺たちはずっとトンネルの中に居たはずだろ」
友人は自分にしか聞こえないと思って震えてたんだ。
じゃあ、あの雨の音は一体どこから聞こえていたんだろう。