もう少し
昔、大学のクラブ合宿があり、最終日の夜は打ち上げで騒ぎまくっていた。
深夜になって、お決まりの「怖い話し大会」が始まった。
色々な話を回していくうちに、一人が急に黙り込んでしまった。
理由を聞くと「窓の外に人影が……」と言った。
始めのうちは皆を驚かすための冗談かと思っていた。
しかし、どうやら本気で見たと言っている。
場の空気が重くなり、気味が悪くなってきたので、そのままお開きになった。
皆が部屋を後にして俺ともう一人がこの部屋に残った。
それはつまり「怖い話し大会」をやっていた部屋というのは、俺たちが寝る部屋ということである。
同室の友人は酔っ払ってさっさと寝てしまった。
なかなか寝付けないでいると、部屋の中に人の気配を感じた。
寝転がっている俺の横に誰かが立っている気がした。
誰かがまた部屋に戻って来たのか。そう思った。
しかし、黙って立っているのはおかしい。
部屋の電気を消してしまった事を後悔した。
しばらくすると、右の方から俺の顔を覗き込むように覆い被さってくるのを感じた。
一瞬起き上がろうとしたが、冷静に考えてみると俺の右手には折り畳み式の机があり、その上にはさっきまで飲み散らかしていたビールの空き缶やツマミの食べ残しが錯乱しているのだ。
不可能だ。とてもじゃないが、右側から俺の顔を覗き込む事など出来るはずがない。
それに気づいた瞬間、俺は嫌な汗をどっとかいて、さっき仲間の一人が言っていた「窓の外に人影が」という言葉を思い出してしまった。
意識を集中して、その気配の動向をうかがう。
俺は顔を背けていたが、視界の外に影を落とす存在がいるのを感じた。
ずっと見られている。顔を覗き込まれている。
少しずつ気配が近づき、生暖かい空気が頬にあたった。
近い……
あまりの息苦しさに思わず顔を動かした。
それは見たこともない男の顔が至近距離にあって、目を見開いてこちらを直視している光景だった。
その表情が忌々しげに歪んだ。
「ちっ……もう少しだったのに……」
俺はその声を耳ではなく、確かに頭の中で聞いたんだ。