渡り廊下のM子さん

私の通っていた高校には、A塔とB塔をつなぐための渡り廊下がありました。

階段を昇り切った場所のすぐ近くにあって、いつでも二つの搭を行き来できる構造になっていました。

この渡り廊下には、放課後に使うと怖い事が起きる、という噂がありました。

いつも生徒のあいだで話しのネタになっていて、部活の時間などに上級生から下級生に言い伝えられることも多かったようです。

学校はA搭に4クラス、B搭にも4クラスの3階建てで、渡り廊下は2階にありました。

体育館や音楽室、視聴覚室へ移動する際に使用するため、授業のある時間帯は結構人通りも多いのですが……

 

ある日、私は部活が終わって薄暗くなった教室に荷物を取りに戻りました。

友人と一緒に、教室の中でジャージから制服に着替えて、お喋りをしながら階段を下りて行きました。

校門まで歩いて来た時に、次の日の宿題の話になり、私はついうっかりノートを机の中に置き忘れている事に気がつきました。

友人には先に帰ってもらい、私は急いで教室に戻りました。

私の教室は2階の端っこの[2−8]でした。

その時、教科書を取って一階の下駄箱に向かおうとした私は、なぜか渡り廊下を渡ってしまったのです。

廊下には、日が暮れた校庭の向こうからオレンジ色の光が差し込んでいて、独特の静けさがありました。

 

ターン ターン
ターン ターン

 

私の歩く音が、誰もいない廊下を抜けて行くのが分かりました。

するとその時、誰かが後ろから近づいてくる気配を感じました。

寒気を感じながら、私はさっと後ろを振り返りました。

 

誰もいません。

 

気のせいかな、と思ってまた歩き出しました。

 

 

 

ヒタ ヒタ

 

 

 

確かに足音が聞こえました。私の後ろに誰かが近づいて来てるんだと感じました。

急に怖くなりました。

それと同時に、私はあの噂を思い出してしまいました。

何の前触れもなく私は渡り廊下を全力で走り出しました。追いつかれたくなかったからです。

 

 

ヒタ ヒタ ヒタ

 

 

さっきまで忍び足だったはずの足音が、急に走り出してこちらに向かって来ました。

私は恐ろしくなって叫び声を上げながら、必死で階段を目指しました。

心臓が張り裂けそうになって胸が痛くなり、呼吸が上手くできずに過呼吸になりかけました。

こんなに渡り廊下って長かったっけ、と思いながら、背後に迫って来る足音に近づかれないように、必死で足を動かしました。

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

誰の呼吸音を聞いているのか途中で分からなくなりました。

一体なぜ私はこんな目にあっているのか、足音の主は誰なのかを考えました。

最後の方で、何度も振り向いて確かめたいという衝動に駆られました。しかし、ちょうど反対側の階段までたどり着いた時、手すりにしがみついて階段を駆け下りなければと思い、行動に集中しました。

私は走る速度を落として、階段の一段目に足を下ろした時、渡り廊下を横目に見ました。

そこには誰もいませんでした。足音も聞こえませんでした。

そう思った矢先に、耳の後ろに生暖かい空気が流れ、それが息だと分かりました。

 

 

「私が悪いんじゃない」

 

 

私は驚いて階段から転げ落ちそうになりました。

聞こえたのは、女の子の声でした。

翌日、私の体験した昨日の出来事を何人かの友人に話しました。

すると、その内の一人がこんな事を言いました。

 

 

それ「渡り廊下のM子さん」じゃない?

 

 

どうやら昔に、渡り廊下の先の階段で一人の生徒が転落して死亡する事故があったそうです。

その時たまたま一緒にいたM子さんは、悪い噂を立てられて虐められたそうです。

「M子が突き落としたんじゃないの?」
「本当は恨みがあったんだよ」

学校じゅうに広まった噂に耐えられなくなったM子さんは、ついに学校へ行かなくなってしまったそうです。

その事が、かえって噂を悪化させてしまい、学校を離れたM子さんの耳にも届くようになってしまいました。

そしてある日、M子さんは自宅のマンションの屋上から飛び降り、自殺してしまったそうなんです。

だとしたら、彼女は本当のことを知ってほしかったんじゃないでしょうか。

私はなぜか胸が苦しくなり、悲しい気持ちになりました。

暗闇から見つめる視線

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