リゾートバイト(11)

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その後、特に何も筆談を交わさなかったが、不思議と孤独感はなかった。

お互いの存在を感じながら、俺たちは日が暮れるのを待っていた。

何もせずにいると蝉の鳴き声がうるさく感じた。でも徐々に耳が慣れてきて、やがて気にならなくなった。

それが違和感に変わった。よく耳を凝らすと、なにか他の音が聞こえるような気がした。

さらに耳を澄ましていると、その音が段々クリアに聞こえるようになった。

あの呼吸音だ。

俺は反射的にBを見た。薄暗くなってきて分かりづらいが、Bは何も気づいていない様子だった。

Bには聞こえないのか? そういえば、あの呼吸音についてBは何か言及していなかったか?

頭の中で想像を巡らせる。

すると俺の異変に気づいたBが、きょろきょろと周囲に目を向けた。

この状況下で、Bは緊張感を解かずに集中していたんだ。間延びした気分でいた俺がまずかったのか。

すると、Bの視線がある一点で止まった。俺の肩越しをまっすぐ見据えていた目が、徐々に見開かれて白目がむき出しになった。

AもBの様子に気づいて、Bの視線を追った。だが何も見つけられない様子で困惑していた。

俺は怖くて振り返れなかった。

ただ、あの呼吸音だけは耳に入ってくる。

ひゅう、ひゅっ……ひゅう。

それはすぐそばに聞こえた。すぐそばに、いるのだ。

硬直状態が続いた。

今度は俺たちのいる〈おんどう〉の周りを、ズルリ、ズルリと、なにかを引きずるような音が聞こえ始めた。

Aにもこの音は聞こえたらしく、急に俺の腕を掴んで揺すった。

音は、〈おんどう〉の周りを廻って途切れない。次第に呼吸音が変化していることに、俺は気づいた。

きゅっ……きゅえっ……

何か得体の知れない生き物の鳴き声だった。

俺には音だけしか聞こえないが、それがゆっくりと〈おんどう〉の周りを徘徊しているのだと確信した。

Aの手が震えている。Bの様子を確認するほどの余裕はなかった。横目には固まって見える。

全員、息を殺して微動だにしなかった。

俺は恐怖から逃れるために、目を瞑って下を向いた。頼むから消えてくれ、頼むから消えてくれ、と心の中で唱えながら。

どれくらい時間が経ったのか分からない。ほんの数分だったかもしれないし、10分以上過ぎていたのかもしれない。

目を開けて周りを見回すと、〈おんどう〉の中は真っ暗になっていて、ほとんど何も見えない状態だった。

夜が来たんだ。

さっきまで聞こえていたあの音は、もうすっかり消えているかに思えた。

恐怖の波が去ったのか、それともまだ近くにいるのか、判断がつかずにいた。

目の前に広がる深い闇が、また別の恐怖となって俺に覆いかぶさる。

目を凝らしても何も見えない。「いるか?」「大丈夫か?」の掛け声も出せない。

Aの手の感触が俺の腕に蘇った。ずっと俺の腕を握っていたらしい。それで、そこにいることが分かった。

俺はこの時、猛烈にBの状態が気になった。Bは明らかに何かを目撃していたはずだ。

暗がりの中で、Bを必死に探そうとするが、下手に動けない。

俺はAの手を左手で掴んで、Bのいた方向へ一緒に移動することにした。

手探りで床を探りながら数センチずつ移動する。できるだけ相手を驚かせないように、何かの弾みで声が出てしまわないように。

どこにいるか分からないので、勘を頼りに手を左右に動かす。暗闇の中で手を動かすのは、想像以上に緊張した。

すると指先が急に固いものに当たった。心臓がボンっと音を立てそうなほど驚いた。

手に触れたのは、おそらく壁だった。こんな状況じゃなければ、照れ隠しで笑ってやりたいところだ。

しかし、さっきまでBのいた方向に移動したはずなのに、Bがいない。

俺は焦りを覚えた。壁を起点に折り返し移動する。そして、また壁に行き着いた。

俺はBの名を呼びたくて仕方がなかった。喉の奥で何度も声を飲み込んだ。

どうしていいかわからなくなり、その場でAの手を強く握った。すると、Aの手が俺の腕を掴み返して、先導するように移動し始めた。

Aは壁際まで行くと、俺の手を壁に触れさせた。そしてそのままゆっくりと壁沿いを移動し、角に着いたら進路を変えてまた壁沿いを歩く。

そうやっていくうちに、前を行くAがぴたりと足を止めた。そして俺の腕をぐいと引っ張り、何か暖かいものに触れさせた。それは、小刻みに震える人の感触だった。

Bを見つけたんだと思った。しかし、すぐに「これは本当にBか?」という疑問が湧いた。

よく考えたらAだってそうだ。ずっと近くにいたから疑わなかった。俺の腕を掴んでいるのは、本当にAなのか?

俺は暗闇のせいで、完全に疑心暗鬼に陥っていた。

俺が無反応でいると、Aはまた俺の腕を引いて、そろそろと歩き出した。

俺はゆっくりとついていった。そうするしかなかった。歩いていくうちに、ほんの僅かだが、視界に光が灯るのを感じた。

不思議に思っていると、部屋の隙間から少しだけ月の明かりが漏れている場所があるのだった。Aは俺をそこへ連れて行こうとしているのだ。

なぜ今まで気づかなかったのだろうか。暗闇に目が慣れるまでに時間がかかったとも言えるが、恐怖に呑まれて精神がそれどころじゃなかったというのもある。直前まで、本当に真っ暗だと思い込んでいた。

俺はその光を見て心の底から救われた気持ちになった。そしてAに感謝した。

Aのおかげで、光の近くまでたどり着いた。

そこでようやく気づいた。Aの反対側の手にはBの腕が握られているのを。月明かりに浮かんだBの顔は、汗と涙でぐっしょりと濡れていた。何があったのか、何を見たのか、聞きたい衝動をこらえた。

夜は昼間と違って、ものすごく静かで、草木の揺れる音や鈴虫の鳴き声が聞こえた。

俺たちは、しばらくそこでじっとしていた。恥ずかしながら、3人で互いに手を取り合う格好で、じっと座っていた。ちょうど円陣を組む感じで。

その状態が一番安心できる形だった。

そして何より、僅かな光だとしても、相手の姿がそこに確認できるだけで別次元の心強さがあった。

しばらくそうしているうちに、とうとう「その時」が来た。

Aが催したのだ。

生理現象だけに絶対に避けられない事象だ。Aは自分のズボンのポケットから坊さんに貰った例の袋をゴソゴソと取り出すと、立ち上がって俺たちから少し離れた。

静寂の中で、Aの出す音が耳に届く。なんだか間抜けな瞬間だが、俺は正直、少しだけ日常に戻れた気がした。

 

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暗闇から見つめる視線

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