深泥池の怪談

1966年10月6日、京都で実際にあった話。

午前一時ごろ、あるタクシーの運転手が祇園あたりでホステスとバーテンの三人組を拾い、京都大学医学部付属病院の前でおろした。

時間が時間なので、その日の仕事はこれで終りだと思っていると、誰かが助手席側のドアをこつこつとたたいた。ふと見ると、女性が運転手のほうを覗き込んでいた。40歳くらいだったという。よく見れば頬がこけているようだった。

運転手は乗車を断ろうとしたが、見たところ病院の患者らしく、気の毒に思ったのでドアをあけ、送っていくことにした。

行き先を尋ねると、女性は深泥池の横まで」と答えた。

運転手は、女性を後部座席に乗せるとタクシーを出した。女性の体からは強い消毒臭がしたそうだ。特に会話を交わすことはなかったが、時折ルームミラーを通して後部座席の女性を見た。ミラーの中の女性もそれに気づき何度か運転手を見返した。

そうこうしているうちに深泥池付近につき、運転手が「どの辺です?」と声をかけたときには女性の姿が消えていた。

運転手はとっさに女性が車外に飛び降りたのではないかと思った。後部座席の窓が空いていたためだ。そのため警察に通報することにした。

そして上鴨警察署から警官が派遣され、京大病院から深泥池までの道筋にそれらしい形跡がないか捜査されたのだが、女性の姿や事故をにおわせるものは何も見つからなかった。

事故の痕跡がまったく見当たらないので警察側はこの通報を半ば運転手の思い違いのように言った。運転手本人も強くは反論できなかったが、彼の同僚が後にこんなことを言ったという。

「行きつけのバーのマダムがあの時京大病院の前で、お前の車に女が乗り込むのを見てるんや。長い髪が風にゆれるのが見えてゾーっとしたんで、今でも覚えてるんやて」

 

 

暗闇から見つめる視線

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