三文字

そのアパートはごく普通の木造二階建てで、各階に四部屋ずつあった。

ちなみに俺は104号室に住んでいた。

ある日、いつものようにスーパーへ買い出しに行こうと外に出たら、アパートの前にパトカーが数台止まっていた。

何かあったのだろうかと思いながら、そのままスーパーに足を進めた。

そこでたまたま隣に住んでいるYさんに会った。Yさんは俺に何とも奇妙な事を聞いてきた。

 

「お宅の部屋、何ともない?」

 

「いや、別に。Yさんの部屋は何かあったんですか?」

 

俺が返答すると、Yさんは重い口調で喋り始めた。

 

「実は昨日の夜中、201号室の人と101号室の人が、ほぼ同じ時刻に目玉と首を取られて死んでるんだって。それで、102号室の人が言ってたんだけど、夜十一時頃に電話の鳴る音が聞こえたんだって」

 

俺はとりあえず頷いた。

 

「しばらく経ってその音が消えたと思ったら、何て言ったか聞こえなかったけど、201号室から、数分後に101号室から、決まった三文字の言葉が聞こえたんだって。それと同時に意味不明な叫び声が……」

 

Yさんは少し大げさな間のとり方をした。

 

「それで、102の人がすごい怯えてて、次は自分なんじゃないかって……だから、今日はうちに泊めてやる事にしたの。若い女性だから、一人じゃやっぱり不安だろうからねぇ」

 

そう言って、Yさんは腕を持ち上げた。

 

「まあ空手五段のバリバリ主婦のあたしがついてれば、まず大丈夫だと思うけどね。けど、もし何かあったら助けに来るんだよ! 一応お隣さんなんだからさ!」

 

「は、はい……どうも」

 

俺は呆気にとられて曖昧な返事をした。103の主婦は買い物袋を下げて、その場を去った。

慌てて、俺も晩飯の食材を買って家に戻った。

しかし、いつの間にそんな事件があったんだろうか。昨日は早く寝たから気づかなかったのかもしれない。

よし今日は念のために遅くまで起きていよう。おそらく何かの偶然だと思うけど、ほぼ同時に電話が来たとか、三文字の言葉がどうとか、不気味としか言いようがない。

これでYさんたちに何かあったら洒落にならないぞ、そう思いながら晩飯を食べて、それから黙々と雑誌を読んでいた。

気づいた時には十一時だった。まあ三十分ぐらい布団かぶって待って、何も無かったらそのまま寝ようか。

そしてしばらく待っているうちに眠気に襲われた。もういいだろうと思い、眠りに落ちようとしたその時、ある音によって一瞬で目が覚めた。

 

『プルルルル』

 

103からだ。耳を澄ませると、斜め隣の203、その隣の202号室からも聞こえてくる。

そして、おそらく102号室も鳴ってるであろう。

こんな事があるだろうか。同時に四つの部屋の電話が鳴るなんて。

すると上の方から聞こえていた電話の音が消えた。

何も知らずに取ったんだろうか。まあ俺もあまり理解していないが。

そう思っていると、かすかに上の方から声が聞こえた。

それは確かに三文字だったが、天井ごしだったため、よく聞き取れなかった。

しかし、音の調子は確かに三文字だった。しかも何か、ボソッと呟くような……。

今まで半信半疑だった俺も、いよいよ怖くなってきた。Yさんの言ってた事が、今のところ現実に起きている。

ところでYさんたちは?

まだ電話は鳴っている。警戒して取っていないのか。その方がおそらく正解だ。

上は……死んだな。

何故か俺はほぼ確信していた。しかし、まだ102と103の電話は鳴っている。

俺は103号室に行くことにした。急いで靴を履き、外に出た。

まだ電話は鳴っている。お願いだ、取らないでくれ、そう思いながら103のドアを開けた。

 

「その電話を取るな!」

 

ところがもう遅かった。恐怖に耐えかねた主婦のYさんが、電話を取ってしまったのだ。

Yさんはしばらく受話器に耳を当ててから、三文字の言葉を口にした。

 

 

「は た よ」

 

 

意味不明な言葉だった。何か隠された意味のようなものを感じ、凄く寒気がしてきた。

そして、いつの間にか102の若い女性がいなくなっていた。102に戻ったのか? 危ない!

102の電話は、まだ鳴っている。

取ったら……おそらく。

そう思った矢先、電話の音が消えて、変わりに人の声が聞こえた。

 

「は た よ」

 

もう終わりだ。するとその直後、俺の部屋から電話の音が聞こえだした。

まさか、このアパート全体に?

だが、そんなもの取らないに決まっている。

まずは女性の所に行こうと思い、102のドアを蹴飛ばした。

女性は無事だった。

電話に出たあと部屋の隅でうずくまっていたようだ。ひとまずホッとした。しかし、俺は忘れていた。

 

あの主婦はどうなった?

 

俺は急いで103に向かった。

ドアを開けると、主婦も無事だった。

小刻みに震えながらやはり部屋の隅でうずくまっていた。僕は逆に不思議に思った。

なぜ電話を取った二人が助かったのか。ただのイタズラだったのか。いや、それは無い。

実際に101と201の人は、目玉を取られて首を刈られ殺されている。

……待てよ?

101と201の人は電話を取ったのか?

もしかして、取ったから死んだんじゃなくて、取らなかったから死んだんじゃ……。

ものすごい悪寒が走った。俺はまだ、電話を取っていない!

 

電話は鳴っている。

 

急げ!

 

俺はあせりながら、大急ぎで自分の部屋に戻った。

 

『プルルルル』

 

『プルルルル』

 

『プルルルル』

 

『プルルルル』

 

『プルルルル』

 

よかった! 電話はまだ鳴っている!

あれを取れば、俺は助かる、助かるんだ!

俺は急いで電話を取った。

 

だがそれは、自分が予想していた三文字とは違う言葉だった。

 

 

 

「お そ い」

 

 

 

そしてノックの音が聞こえた。

 

 

 

暗闇から見つめる視線

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