リアル(2)

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兎にも角にも、人のいるコンビニに着いて安心した。

ただ頭の中は相変わらず混乱してて、何だよアレって怒りにも似た気持ちと、鍵閉め忘れたって変なとこだけ冷静な自分がいた。

結局、その日は部屋に戻る勇気は無くて、一晩中ファミレスで朝を待った。

 

空が白み始めた頃、恐る恐る部屋のドアを開けた。良かった。消えてた。

部屋に入る前にもっかい外に出て、缶コーヒーを飲みながら一服した。

実は何もいなかったんじゃないかって思い始めてた。本当にあんなん有り得ないしね。

明るくなったってのと、もういないってので、少し余裕出来たんだろうね。

さっきよりはやや大胆に部屋に入った。

「よし、いない」なんて思いながら、カーテンが閉まってるせいで、薄暗い部屋の電気を点けた。

昨晩の出来事を裏付ける光景が目に入ってきた。

昨日、アイツがいた辺りの床に、物凄く臭いを放つ泥(多分ヘドロだと思う)が、それも足跡ってレベルを超えた量で残ってた。

起きた事を事実と再認識するまで、時間はかからなかった。

ハッと気付いてますますパニックになったんだけど、俺……電気消してねーよ……ははっ。

スイッチ押した左手見たら、こっちにも泥がついてんの。

しばらくはどんよりした気持ちから抜けられなかったが、出ちまったもんは仕方ねーなと思えてきた。

まぁここら辺が俺がAB型である典型的なとこなんだけど、そんな状態にありながら、泥を掃除してシャワー浴びて出社した。

臭いが消えなくてかなりむかついたし、こっちはこっちで大問題だが、会社を休むことも一大事だったからね。

 

会社に着くと、いつもと変わらない日常が待っていた。俺は何とか○○と話す時間を探った。

事の発端に関係する○○から、何とか情報を得ようとしたのだ。

昼休み、やっと捕まえる事に成功した。

以下、俺と○○の会話の抜粋。

 

「前にさぁ、話してた『△すると◆が来る』とかって話あったじゃん。昨日アレやったら来たんだけど」

 

「は? 何それ?」

 

「だからぁ、マジ何か出たんだって!」

 

「あー、はいはい。カウパー出たのね」

 

「おま、ふざけんなよ。やっべーのが出たってんだよ」

 

「何言ってんのかわかんねーよ!」

 

「俺だってわかんねーよ!!」

 

駄目だ、埒があかない。

○○を信用させないと何も進まなかったため、俺は淡々と昨日の出来事を説明した。

最初はネタだと思っていた○○も、やっと半信半疑の状態になった。

仕事終わり、俺の部屋に来て確かめる事になった。

夜十時、幸いにも早めに会社を出られた○○と俺は部屋に着いた。

扉を開けた瞬間に、今朝嗅いだ悪臭が鼻を突いた。

締め切った部屋から熱気とともに、まさしく臭いが襲ってきた。

帰りの道でもしつこいくらいの説明を俺から受けていた○○は、「……マジ?」と一言呟いた。信じたようだ。

問題は、○○が何かしら解決案を出してくれるかどうかだったが、望むべきではなかった。

とりあえず、お祓いに行った方がいいことと、知り合いに聞いてみるって言葉を残し、奴は逃げるように帰って行った。

予想通りとしか言いようがなかったが、奴の顔の広さだけに期待した。

臭いとこに居たくない気持ちから、その日はカプセルホテルに泊まった。

今夜も出たら終わりかもしれないと思ったのが本音。

 

翌日、とりあえず近所の寺に行く。さすがに会社どころじゃなかった。

お坊さんに訳を説明すると、「専門じゃないから分からないですね〜。しばらくゆっくりしてはいかがでしょう。きっと気のせいですよ」なんて呑気な答えが返ってきた。世の中こんなもんだ。

その日は都内では有名な寺や神社を何軒か回ったが、どこも大して変わらなかった。

 

疲れはてた俺は、埼玉の実家を頼った。

正確には、母方の祖母がお世話になっている、S先生なる尼僧に相談したかった。

っつーか、その人以外でまともに取り合ってくれそうな人が思い浮かばなかった。

ここでS先生なる人を紹介する。

母は長崎県出身で当然祖母も長崎にいる。

祖母は、戦争経験からか熱心な仏教徒だ。

S先生はその祖母が週一度通っている自宅兼寺の住職さんだ。

俺も何度か会ったことがある。

俺は詳しくはないが、宗派の名前は教科書に乗ってるくらいだから、似非者の霊能者などとは比較にならないほどしっかりと仏様に仕えてきた方なのだ。

人柄は温厚、落ち着いた優しい話し方をする。

俺が中学に上がる頃親父が土地を買い家を建てることになった。

地鎮祭とでも言うんだっけ? とにかくその土地をお祓いした。

その一週間後に、長崎の祖母から「土地が良くないからS先生がお祓いに行く」という内容の電話があった。

当然、母親的にも「もう終わってるのに何で?」ってことで、それを言ったらしい。

そしたら祖母から「でもS先生がまだ残ってるって言うたったい」って。

つまり、俺が知る限り唯一頼れる人物である可能性が高いのがS先生だった。

 

日も暮れてきて、埼玉の実家があるバス停に着いた頃には、夜九時を回る少し前だった。

都内と違い工場ばかりの町なので、夜九時でも人気は少ない。

バス停から実家までの約二十分を足早に歩いた。人気の無い暗い道に街灯が規則的に並んでいる。

内心、一昨日の事がフラッシュバックしてきてかなり怯えてたが、幸いにも奴は現れなかった。

が、夜になり涼しくなったからか、俺は自分の身体の異変に気が付いた。

どうも首の付け根辺りが熱い。

伝わりにくいかと思うが、例えるなら、首に紐を巻き付けられて、左右にずらされているような感じだ。

首に手をやって寒気がした。熱い。首だけ熱い。しかもヒリヒリしはじめた。

どうも発疹のようなモノがあるようだった。

歩いてられなくなり、実家まで全力で走った。

 

息を切らせながら実家の玄関を開けると、母が電話を切るところだった。

そして俺の顔を見るなりこう言ったんだ。

 

「あぁ、あんた。長崎のお婆ちゃんから電話来て、心配だって。S先生が、あんたが良くない事になってるからこっちおいでって言われたて。あんたなんかしたの?あらやだ。あんた首の回りどうしたの!?」

 

答える前に玄関の鏡を見た。奴が来るかもとか考えなかったな……何故か。

首の回り付け根の部分は、縄でも巻かれているかのように見事に赤い線が出来ていた。

近づいてみると、細かな発疹がびっしり浮き上がっていた。

さすがに小刻みに身体が震えてきた。

何も考えずに、母にも一言も返事をせずに階段を駈け上がり、母の部屋の小さな仏像の前で、南無阿弥陀仏を繰り返した。

そうする他、何も出来なかった。

心配して親父が、「どうした!!」と怒鳴りながら走って来た。

母は異常を察知して祖母に電話している。母の声が聞こえた。泣き声だ。

逃げ場はないと、恐ろしい事になってしまっていると、この時やっと理解した。

 

実家に帰り、自分が置かれている状況を理解して三日が過ぎた。

精神的に参ったからか、それが何かしらアイツが起こしたものなのかは分からなかったが、二日間高熱に悩まされた。

首から異常なほど汗をかき、二日目の昼には血が滲み始めた。

三日目の朝には首からの血は止まっていた。元々滲む程度だったしね。

熱も微熱くらいまで下がり、少しは落ち着いた。

ただ、首の回りに異常な痒さが感じられた。

チクチクと痛くて痒い。枕や布団、タオルなどが触れると、鋭い小さな痛みが走る。

血が出ていたから、瘡蓋が出来て痒いのかと思い、意識して触らないようにした。

布団にもぐり、夕方まで気にしないように心掛けたが、便所に行った時にどうしても気になって鏡を見た。

鏡なんて見たくもないのに、どうしても自分に起きてる事を、この目で確認しないと気が済まなかった。

鏡は見たこともない状況を写していた。

首の赤みは完全に引いていた。その代わり、発疹が大きくなっていた。

今でも思い出す度に鳥肌が立つほど気持ち悪いが、敢えて細かな描写をさせて欲しい。気を悪くしないでくれ。

元々首の回りの線は、太さが1センチくらいだった。

そこが真っ赤になり、元々かなり色白な俺の肌との対比で、正しく赤い紐が巻かれているように見えていた。

 

これが三日前の事。

目の前の鏡に映るその部分には、膿が溜まっていた。

いや、正確じゃないな。

正確には、赤い線を作っていた発疹には膿が溜まっていて、まるで特大のニキビがひしめき合っているようだった。

そのほとんどが膿を滲ませていて、あまりにおぞましくて気持ちが悪くなり、その場で吐いた。

真水で首を洗い、軟膏を母から借り、塗り、泣きながら布団に戻った。

何も考えられなかった。唯一、何で俺なんだって憤りだけだった。

泣きつかれた頃、携帯がなった。○○からだった。

こういう時、ほんの僅かでも、希望って物凄いエネルギーになるぞ。正直、こんなに嬉しい着信はなかった。

 

「もしもし」

 

『おぉ〜! 大丈夫〜!?』

 

「いや……大丈夫な訳ねーだろ」

 

『あー、やっぱヤバい?』

 

「やべーなんてもんじゃねーよ。はぁ……つーか何かないんかよ?」

 

『うん、地元の友達に聞いてみたんだけどさ〜、ちょっと分かる奴居なくて、申し訳ない』

 

「ああ、で?」

 

正直、○○なりに色々してくれたとは思うが、この時の俺に相手を思いやる余裕なんてなかったから、かなり自己中な話し方に聞こえただろう。

 

『いや、その代わり、友達の知り合いにそーいうの強い人がいてさー。紹介してもいいんだけど、金かかるって……』

 

「!? 金とんの?」

 

『うん、みたい。どーする?』

 

「どんくらい?」

 

『知り合いの話だと、とりあえず五十万くらいらしい』

 

「五十万〜!?」

 

当時の俺からすると、働いているとはいえ五十万なんて払えるわけ無い額だった。

金が惜しかったが、恐怖と苦しみから解放されるなら……選択肢は無かった。

 

「……分かった。いつ紹介してくれる?」

 

『その人、今群馬にいるらしいんだわ。知り合いに聞いてみるから、ちょっと待ってて』

 

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