リゾートバイト(17)

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「私もすべてを理解しているとは言えませんが、この母親の成長記録と住職の手記を見比べると、その〈モノ〉は自分の成長した過程を遡るようにして退化していったと考えられませんか」

確かにその通りだと思った。坊さんは、それ以上の言及を避けるように話を続けた。

「これ以降、住職の手記には同じような事象に遭遇した記録が見つかっています。ごく稀にですが。ただし、その全てにおいて母親がいつどのようにして儀の存在を知るのか、明記されていないのです。それは全ての母親が命を落とす、もしくは話すこともままならない状態になってしまったことを意味しているのだと推察されます」

坊さんは、この怪異が早期に発見できないことを悔やんでいる様子だった。

「今回の現象は初めてのことで、私自身もとても戸惑っているのです。なぜに母親ではないあなたがたが、その〈モノ〉を見つけてしまったのか。子の成長は母親にしか分からず、共に生活する者にもそれを確認することはできないはずですから」

俺は心の中で首をひねった。この話はどこに着地すればいいんだ?

するとBが、話の核心を突くような質問をした。

「母親って、もしかして女将さんなんですか?」

坊さんは少し黙り込んでから、その通りです、と言った。

「真樹子さんは、この村出身の者ではありません。あの旅館の旦那さんに嫁いでこの村にやってきました。息子を一人授かり、非常に仲の良い家族でした」

坊さんは、できるだけ話の筋を失わないように、淡々と話を進めた。

女将さんの一人息子は、数年前に海で行方不明になったそうだ。大規模な捜索もされたが、結局行方は分からなかったらしい。

悲しみに暮れた女将さんは、周囲の協力もあって、少しずつだが元気を取り戻していったそうだ。旅館もそれなりに繁盛し、事件のことも風化しかけたころ、急に旅館の2階部分を閉鎖することになったそうだ。

周囲の人たちは不審に思ったが、そこまで首を突っ込むことはできないと、特別に気にすることは避けた。

そしてこの結果だ。

女将さんは、どこから情報を得たのか不明だが、あの2階へ続く階段に堂を作り上げ、そこで儀式を行っていた。そしてその産物が俺たちに憑いてきたという訳だが、ここがこれまでの事例と違うのだ、と坊さんは言った。

本来儀式を行った女将さんに憑くはずの子が、どうして部外者の俺たちに憑いたのか。

考えられる違いは、女将さんは息子に〝臍の緒〟を持たせていなかったということ。

村の人たちは、昔からの風習で未だに続けている人もいるらしいが、女将さんはその風習を知らなかった。これは旦那さんが証言したことらしい。

そして妙な話だが、旅館の2階を閉鎖したというのに、バイトを一気に3人も雇った。

旦那さんも当初は反対したそうだが、女将さんに「息子が恋しい。同年代くらいの子たちがいれば息子が帰ってきたように思える」と泣きつかれたため、渋々承知したそうだ。

これは坊さんの憶測ではあるが、女将さんは初めから帰ってきた息子が俺たちを親として憑いていくことを知っていたのではないか、ということだった。

結局、これらのことを俺たちに話した後で、坊さんはこう言った。

「あなた方をあの〈おんどう〉に残したこと、本当に申し訳なく思います。しかし、私は真樹子さんとあなた方の両方を救わなければならなかった。あなた方がここにいる間、私たちは真樹子さんを本堂で縛り、先代が行ったように経を読み上げました。あの〈モノ〉が〈おんどう〉へ行くのか、本堂へ来るのかが分からなかったのです」

つまり、俺たちに憑いてきてはいるが、これまでの事例からいくと母親の女将さんにも危険が及ぶと、坊さんはそう読んでいたってことだ。

俺は、坊さんが謝ることではないと思った。それにこの人は命の恩人とも言える。そう思って友人を見ると、Bが肩を震わせながら坊さんを睨みつけていた。

「納得いかない。自分の息子が帰ってくりゃ人の命なんてどうでもいいってのか?」

坊さんは気まずそうに視線を下げた。

「全部吐かせろよ! なんでこんな目に遭わせたのか、それができないなら俺が直接聞きに行ってやる」

俺とAは唖然として止めに入れなかった。それぐらいBの気迫が度を超えていた。

「旦那さんだって知ってたんだろ? それなのに何で言わなかったんだよ」

「旦那さんは知らなかったのです」

「嘘つくんじゃんえ! 知ってるようなこと言ってただろ」

「この話は、この土地に深く根付いているのです。旦那さんが知っていたのは伝承としての内容でしょう」

坊さんが嘘をついているようには見えない。だがBの興奮は収まりきらなかった。

「ふざけんじゃねえぞ! 早く会わせろ、あいつらに会わせろよ!」

俺たちはBの体を押さえた。そうしないと坊さんに掴みかかりそうだった。

坊さんは微動だにせず、正面からBの怒鳴り声を受け止めていた。そして意を決したように、すっと立ち上がった。

「この話をすると決めた時点で、あなた方には全てをお見せしようと思っておりました。真樹子さんのいる場所へ案内します。こちらへ」

 

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